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「軍は兵隊の骨までしゃぶる鬼畜と化した」朝ドラ『エール』はなぜ凄惨なインパール作戦を描くのか

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2020/10/14
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「元来日本人は草食である、然るに南方の草木は全て即ち之食料なのである」「イギリス軍は弱い。必ず撤退する。補給について心配することは誤りである」NHKの戦争証言アーカイブスで今も配信されている、NHKスペシャル『ドキュメント太平洋戦争 第4集 責任なき戦場 ~ビルマ・インパール~』には今も牟田口廉也司令官の発言の証言が残る。

 ジャングルの草木を食べ、地元の農家から略奪した牛を「弁当」代わりに連れてジャングルの山を越える無謀な計画は無残に失敗し、兵士たちの間では飢餓と疫病が蔓延した。

 あまりの悲惨さに、「軍は兵隊の骨までしゃぶる鬼畜と化しつつあり、余の身をもって矯正せんとす」と部下を集めて訓示し、その言葉通り「各上司の統帥が、あたかも鬼畜のごときものなり」「司令部の最高首脳者の心理状態については、すみやかに医学的断定をくだすべき時機なり(精神鑑定せよ)」と激烈な司令部批判の電報を叩きつけ独断撤退して兵士の命を救った佐藤中将は、作戦後に更迭され、逆に本人が精神鑑定を受けさせられた。

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 史実では古関裕而はミャンマーを慰問した経験はあるが、インパール作戦そのものに従軍はしていない。第18週『戦場の歌』は『エール』のスタッフが、美しい音楽がもたらした責任を問うためにあえて“地獄”に踏み込んだ創作のシークエンスとなる。

アジア太平洋戦争下の古関裕而(中央の頭巾を被った女性の右)。古関正裕氏提供。

音楽とともに流してはいけないセリフ

 チーフ演出・脚本を担当する吉田照幸氏は、休止期間の間に戦争の描写については改めて手を入れて書き直したとインタビューで語る。緊急事態による放送の中断、お茶の間に愛された出演者の死という相次ぐ衝撃は、作り手のモチベーションに火をつけ、揺れ動く社会の中で訴えるべきテーマを呼び起こしたのだろう。

 脚本がかつてなく「戦争」の領域に踏み込めるのは、窪田正孝と二階堂ふみという2人の主演俳優に対する絶大な信頼があってこそのことだろう。

 第17週『歌の力』第85回で、戦地に赴き慰問することの是非をめぐってぶつかりあう2人の長回しの息詰まるような芝居には、劇伴の音楽がまったくかかっていない。『歌の力』をタイトルに冠し、音楽をテーマにしているからこそ、音楽とともに流してはいけないセリフがあり、静寂の中で言葉に魂を乗せることのできる俳優が必要になる。