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「軍は兵隊の骨までしゃぶる鬼畜と化した」朝ドラ『エール』はなぜ凄惨なインパール作戦を描くのか

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2020/10/14

主人公の繊細な才能が戦争に巻き込まれていくプロセス

 本来は9月末で次の半期に切り替わる放送を11月27日まで延長したものの、全130話の予定を10話短縮することになった。朝ドラの収録は平時でさえ綱渡り、スタッフや俳優がコンディションを崩しながらやっとの思いで間に合わせると言われている。それがここまで相次ぐアクシデントに見舞われれば、撮影スケジュールも作り手のモチベーションもズタズタになってしまうのではないか。

 そんな危惧を跳ね返すように、再開後の『エール』は、主演の窪田正孝が朝日新聞のインタビューに「作り手の意思は、きっと作品に表れる。再開後の後半は『シーズン2』と言っても過言ではないと思う」と語る通り、圧巻の内容を見せている。

主演の窪田正孝

「……戦争が始まり、僕の曲は急に売れるようになりました。歌謡曲では邪魔した西洋音楽への未練が、戦時歌謡では吉と出ました。戦意高揚に敵国の音楽の知識が役に立つとは皮肉です」

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 舞台がミャンマーに移る前、第17週『歌の力』第85回で、作曲家・古関裕而をモデルにした主人公、古山裕一は妻・音への手紙の中でそうつぶやく。

 窪田正孝が演じる主人公の繊細な才能が戦争という巨大な機械に巻き込まれていくプロセスは、2013年に宮崎駿が零戦の設計者、堀越二郎を主人公に描いた『風立ちぬ』を思い起こさせた。堀越二郎が西洋の「美しさと合理性」に魅せられ設計した飛行機が、やがて操縦士たちを乗せ死の特攻へと飛び立つように、『エール』の主人公古山裕一が書く美しいメロディは国民の魂を乗せて戦争へと導いていく。

 第17週のサブタイトル『歌の力』とは、その力の恐るべき反面へのアイロニーも含んでいる。「戦意高揚に敵国の音楽の知識が役に立つとは皮肉です」というセリフが物語る日本近代史の皮肉、航空技術も作曲技術も、西洋文明による近代化が同時に日本の軍国主義化をも促進していく歴史の皮肉の中に『風立ちぬ』も『エール』も、そして昨年放送され、壮絶な敗戦と崩壊の放送回に「懐かしの満州」という痛烈なサブタイトルを冠した大河ドラマ『いだてん』もある。

主人公・古山裕一のモデル、古関裕而氏の生家をモデルにした呉服屋「喜多一」のセットの前で。左から佐久本宝、窪田正孝、唐沢寿明、菊池桃子 ©福島民報/共同通信イメージズ

あえて過酷なインパール作戦に踏み込む

『風立ちぬ』は、戦争の凄惨な描写にあえて踏み込まなかった。堀越二郎の苦悩と悔恨は、航空兵たちの幻影の前に自分の罪を思い知り崩れ落ちる夢の中の描写として象徴的に描かれる。だが、『エール』はあえて戦場そのもの、最も過酷とされたインパール作戦に踏み込む。