昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2020/10/19

「公開処刑」が好きな先生で、体育の授業中、前転がうまくできなかった私を指名して、みんなの前で「手本」を披露するよう求めたこともある。クラスメイト全員を集めて座らせ、意気揚々と「はい、吉川さんはちょっと変わった前転をするようなので、見せてもらいましょう! 拍手!」と呼びかける彼女と、赤い顔で下手くそな前転を披露する私、大きく笑い声をあげるクラスメイト。

※写真はイメージ ©️iStock.com

 今ではある程度克服できたつもりだが、人前に立つと緊張して何もできなくなってしまう癖は、この経験がトラウマになっているからかもしれない。

誰にも言えない子どもたち

 不思議なことに、私はこうした経験を親や他の先生にはまったく話せなかった。

 子どものころの私は、大人を「絶対的に正しい存在」だと強く信じていたためか、過度に行われる説教も、恥ずかしい目に遭わせられるのも、すべて「自分に原因があるから」だと考えていたのかもしれない。

 当時の私にとっては「自分が悪いことをしたせい」で「正しい大人」から受けた仕打ちだったからこそ、「親に話したら叱られるかもしれない」と考えたのだと思う。体調が悪く、私が保健室で休んだことに対して、K先生から「仮病だ」とみんなの前で大きな声で言われたことも、結局親には言えなかった。

※写真はイメージ ©️iStock.com

 先日、同じ小学校に通っていた友人と連絡をとったとき、何気なくK先生の話になった。「昔、K先生っていたじゃん、覚えてる?」と聞くと、友人は食い気味に「あの先生、大っ嫌いだった」と感情的な口調に変わって、いつもは温厚な彼女の豹変ぶりにとても驚いた。

 聞くところによると、私たちが卒業したあと、K先生は友人の妹のクラスを担当することになったが、やはりそのクラスでもいじめのターゲットを定めており、運悪くそれが友人の妹だったのだという。

 多分あのときの私と同じように、いや、もっとひどい目に遭わされたのかもしれない。友人の妹は学校に行けなくなり、一時は不登校になっていたらしい。

 どれも成人してから知ったことだが、K先生が生徒をターゲットにいじめをしていたのは、その友人から以外にも風の噂でいくつか耳にしたことがあった。何のためにかはわからないけれども、彼女はいじめの常習犯だったのだ。