マッドサイエンティストみたいな気持ちになることがある
――単行本では、他にも結婚やカップル、死についてこれまでの既成概念を覆す価値観が生まれた世界を描く短篇が収録されていますね。
村田 すごく狂った本ですね(笑)。なんで人を殺しちゃいけないんだろうとか、なんでふたりきりで付き合うんだろうとか、小学生が思うような無邪気な疑問を、大人になってもう一回小説にしてみました。
――当たり前だと思っていることを疑ってみませんかという、強烈な一冊ですね。村田さんは既成概念を打ち破ろうとか、一般常識ではないところを出発点にしている姿勢が頼もしいんですよね。
村田 既成概念が壊れると、自分自身でも書いていて発見があるというか。やっぱり自分の中にも既成概念がたくさんあると思うんです。インド人の人はカレーが好きなんじゃないかとか。家族に対しても、性愛に対しても、何に対しても、そういうものをひとつひとつ壊していく喜びがあるかもしれないですね。書きながら壊してみたい、そういう実験をしてみたいという気持ちがあるんだと思います。
――「生命式」に、世の中に絶対的に正常・異常と分けられるものはなくて、いろんな発狂の状態があるなかで、今の状態というのはたまたま許される発狂の状態だ、というような言葉がありました。世の中の価値観はいつ何がひっくり返るか分からない、ということはずっと書かれていますね。
村田 その気持ちはずっとあるかもしれません。ずっと世界に対して違和感や苦しさを抱いている主人公を書いてきて、だんだん世界そのものがヘンテコなものに思えてきたのかもしれないですね。ひょっとしたら100年後には、100年前から見たら異常と思われることを平然とやっているかもしれない。そういう不思議さ、あっけなさを、カメラを引いて眺める面白さを憶えたのかもしれないですね。ぎゅーっと主人公によるのではなく、カメラを引いて、遠くから人間が変わっていく感じを見ていたいという。
――それで、『殺人出産』で殺すことを疑って、次に『消滅世界』(2015年河出書房新社刊)で産むことを疑ってみたわけでしょうか。
村田 そうですね、いろんなことを順に疑っていますね。これは『殺人出産』に収録された「清潔な結婚」という短篇を書いたことが大きいですね。あれは二人で納得して結婚して、セックスをしない夫婦の話でしたけれど、わりと主人公たちの気持ちが分かると言ってくれた人が多かったんです。あの話を書いた後に、セックスを一切しないで人工授精で子どもを産んだ若いカップルの話をニュースで見たりして、確かに処女の女の子が「人工授精で処女のまま子ども産もうかな」などと言ってもおかしくない世界に本当はいるんだなと思って。なのにそれをしている人がいない、いるかもしれないけれど大っぴらに言ったりできないのは、それが今の世の中ではヘンテコだとされてしまうから。だから、それがヘンテコではない世界を書いてみたくなって、『消滅世界』では夫婦ではセックスしないけれど外に恋人を作っていいというルールの世界を書きました。
――外で恋人を作ったり、二次元との恋が一般化していたりするけれども、家庭にセックスは持ち込まれない。みな人工授精で子どもを作りますが、男性も妊娠するなど世界の在り方が面白かったですね。
村田 そういう世界を想像するのが楽しくて仕方なかったんですよね。でも男性が本当に妊娠できるようになったら、全然違うようになるんだろうなとかも考えました。男女のカップルで男性が「俺産むね」というケースも出てくるだろうし、男性同士で「じゃあ俺稼ぐからお前産んで」とか言えるようになるし、自分で産むシングルファーザーも出てくるだろうし。男性も産めるという仕組みがポンとひとつあるだけで、今まではなかったいろんなパターンが想像できるということが、なんだか実験をしているみたいで楽しくてしょうがなかったんですよね。普通に生きていては知りえないことを知ることができている気がして。
――最後には共同で子どもを産み、共同で育てる実験都市が出てきます。画一化された無個性な人間たちのディストピアのような印象を抱きましたが、村田さんご自身は最初はユートピアのような場所をイメージされていたそうですね。
村田 最初、全然ディストピアと思っていなくて。今苦しい人にとってのユートピア小説を書くつもりでいたんです。書いてみたらすごく怖い世界になったのはなんでだか分かりません。でも怖くなってきたのでついつい膨らませて、子どもちゃんもみんな同じ表情にしてみたりとかしました。自分でも何が起こるか分からない実験をしているような感じで書いていたら、不気味になるという実験結果が出てしまったという感じです。
――毎回大胆な実験をして、ちゃんと結果を出しますよね(笑)。結果が測定不能、ということにはならない。
村田 なんか、マッドサイエンティストみたいな気持ちになることがあります(笑)。小説家というよりは、なんかよく分からない実験をずっとやっていて、「こういう結果が出ました」とグロテスクなものをどんどん出してくる。なんか変な感じです。
――それにしても、タイトルも秀逸ですよね。夫婦間のセックスが消滅したら、家族も親子も、いろんなものが消えていく……。
村田 本当に最初は夫婦間のセックスがないという、ただそれだけで書き始めた小説だったんです。そうしたらどんどん、じゃあなんでこの二人は夫婦なんだろうとか、恋愛ってそもそもなんだろうとか。いろんなものがどんどん消えていく感じだったので、このタイトルにしました。