このシーンと出会いたくてデビューからずっと書いてきたんだ
――その解決に、どのようにしてたどり着いたのですか。
村田 書いている途中は、ひょっとしたらこれは不幸なまま終わるんじゃないかと思いました。結構、何度も書き直していたんです。そうしたら急に、主人公がいちばん下のグループにいた信子ちゃんを美しいと思えるあのシーンが急に書けたんですよね。信子ちゃんってそこまで登場するキャラクターではなかったんですが、あのシーンが書けたとき、デビューからずっと思春期の女の子を書いてきたのは、このシーンが書きたかったからなんだと思ったんです。このシーンと出会いたくて書いてきたんだって。それで、前に戻って信子ちゃんのシーンをもっと増やしたりしました。そこから急に、ラストも光のあるものになりました。
――信子ちゃんのほかに、伊吹くんという幼なじみの男の子の存在も印象に残ります。小学生の頃は目立たないのに中学生になると急に成長してモテるようになって。でも人の悪意を疑わない素直な子なので、主人公は密かに「幸せさん」と呼んで馬鹿にしている。
村田 最初はそういう伊吹も中学生になったら嫌な奴になったという話を書いていたんです。でもそれでは暗すぎて耐えられないと思って。ある意味いちばん変な人というか、思春期のゆがみがあまりない人ですよね。でも私の学校にも女子でああいう人がいたんですよね。ほがらかで、ヒエラルキーにも全然気づいていなさそうな、誰からも好かれる女の子。その男の子バージョンとして伊吹の中学時代を書いてみようと思いました。
――この作品ではじめて、一般的なセックスを書けたと言っていましたね(笑)。
村田 はい。しかも中学生同士で。セックスまで書くかどうかは迷ったんです。セックスまで書いたことで、ちょっとファンタジーになってしまった気がしているのですが。でも書きたかったんですよね。書きたかったし、自分にとっては必要なシーンだったので書いてしまいました。
――たぶん、この作品を書けたことはある意味ターニングポイントになったように思います。この小説を書いたことによって、ずっと書いてきた思春期の女の子というテーマがいったん落ち着いた感じがします。
村田 はい。思春期の女の子を書きたい欲望が、やっと満たされたんですよね。美しいと思える信子ちゃんのシーンとか、セックスとか、本当にとことん書けました。それで次の『殺人出産』(14年刊/のち講談社文庫)で苦戦しました。本当はもっとリアリスティックな、殺意についての話を書いていたんです。でもそれがなかなかうまくいかなくて、書いては捨て、書いては捨ての繰り返しで。書き下ろしだったので締め切りがないんだからゆっくり書こうと思っていたら、編集長に「締め切りがない、ということはない」と叱られまして(笑)。それで、「一回全部捨てちゃえば」って言ってくださったんですよね。それにすごく救われました。思い切って捨てて、まったく設定を変えちゃえ、って思えたんです。それで、10人産んだら1人殺してもいいという法律が制定された近未来の話になりました。その前に短篇でヘンテコなものを書いていたから思いついたのかもしれません。
――そう、まだ単行本には収録されていませんが、13年1月号の「新潮」で「生命式」という、亡くなった人の人肉を食べる儀式が一般化した世界の話を書かれていましたよね。あれもすごく大きかったと思うんですよ。
村田 ああ、そうです。私が生きている世界ではタブーなことが、タブーじゃない世界を一回書いてみたかったんです。それで、「自由に書いてください」と言われたので本当に自由に書いて、でもきっとこれ怒られるよなと思って、ちょっと締め切りよりも早めに出して。怒られたら書き直すつもりだったんです。でも「いいじゃないですか」という感じで。人肉の料理についても「じゃあ料理の本を送るので、もっと美味しそうにしましょう」とか言われて。あ、小説って、こんなヘンテコなことをしてもいいんだって思いました。それで、もうちょっと長いものでも書いてみたいという気になって、10人産んだら1人殺してもいいという設定が浮かんで、突拍子もないけれど自分の中では変に説得力があったのですぐ書き始めて、このままでいいじゃん、いいじゃん、と思ってそのまま仕上げたすごく変な小説が『殺人出産』です。
――その法律が定められて100年ほどした世界が舞台で、主人公はわりと賛成でもなく反対でもなくニュートラルな状態。でお姉さんは“産み人”を志願しているんですよね。一方、職場では反対派の女性が新しく入ってくる。主人公がどちらかに傾くかは決めずに書いたのですか。
村田 決めなかったです。「生命式」もそうなんですけれど、主人公はニュートラルで、読者の気持ちも分かるような立場でこの世界を見つめていてほしくて、ああいう人物像になりました。ラストではああなってしまいましたが(笑)。
――殺人シーンもありますよね。
村田 『星が吸う水』の時の性描写もそうなんですが、殺人のシーンでは使わない言葉をいっぱい使ってその場面を書くというのが楽しかったんです(笑)。赤い水たまりでパシャパシャしている感じとかを無邪気にきれいに書きたかったんです。こういう殺人の書き方をするのは、開けちゃいけない扉を開けてしまった気がしましたが、もう作家として扉の先に進んでみよう、と思いました。