文春オンライン

ひとつのセリフの中で「2つの声」を使い分け…アニメ『薬屋のひとりごと』で悠木碧が見せた「声の技術」

CDB

2024/02/10
note

 アニメのキャラクターをデザインするのは、実は漫画家やイラストレーターだけではない。絵師が映像のデザインをするとしたら、その声をデザインするのは声優たちだ。山田康雄が最初に演じたルパン三世の声の特徴を、後からアマチュアがモノマネすることはできる。だが世界で最初に原作の絵からキャラクターの声を描き出すのは、いつもプロの声優の仕事なのだ。アニメの最も核心的な部分にタッチする仕事だからこそ、声優の選択は重要な意味を持つ。

『薬屋のひとりごと』猫猫の声のデザイン

 昨年10月のアニメ放送開始以降、爆発的に人気が加速する『薬屋のひとりごと』は、原作を真摯に読み込んだ上でキャラクターに鮮やかな声の色彩が描きくわえられた新しい成功例になるだろう。アニメ化前の時点ですでに2100万部を売り上げる人気原作のアニメ化は誰がどのように演じても賛否が分かれるものだが、声優・悠木碧による主人公の少女・猫猫(マオマオ)の声の人物造形はほぼ絶賛に近い形で多くの視聴者に迎えられている。

『薬屋のひとりごと』(日向夏 著/ヒーロー文庫)

 古代中国をイメージした後宮で、薬屋としての知識を買われて毒味役に抜擢される少女、猫猫。同じく宮廷劇である韓国ドラマの名作『宮廷女官チャングムの誓い』との最大の違いは、タイトルの通り猫猫が内心でつぶやく「ひとりごと」、モノローグにある。

ADVERTISEMENT

(誰が教えるか。世の中は無知なふりをしていた方が立ち回りやすい)

 誘拐されて心ならずも後宮で働くことになった猫猫は、そう心の中でつぶやき、毒と薬の才知を隠す。母の意志を継ぎ、王を信じて宮廷で尽くす儒教的立志伝として描かれる『宮廷女官チャングムの誓い』と対照的に、猫猫は王も後宮もまるで信用していないのだ。

 主人公の才を見抜き、理解者として振る舞おうとする美形の高官・壬氏に対しても、猫猫は(ああ、気持ちわるっ)とその自信過剰な振る舞いに内心眉をひそめながら、互いに能力のみを認め合うバディとして後宮の事件を解決していく。チャングムがサクセスストーリーの主人公だとするなら、猫猫はどこまで抜擢しても飼い慣らせない「一匹猫」、ハードボイルドストーリーの主人公である。

マネしたくなる「ひとりごと」

『雲のように風のように』(1990)など多くの名作を生んだ、女たちの世界を描く後宮アニメであり、「薬学のブラックジャック」とでも言うべき医療サスペンスでもある。同時に原作小説は、P・D・ジェイムズの『女には向かない職業』から現代に至る流れの中にある、女性探偵小説の優れたジュヴナイルとして書かれている。

「猫猫に憧れて薬学部の志望者が増えるかも」と言った反響とともに、中高生のオタクの女の子たちはみんな猫猫の心の声、「ひとりごと」のマネをしてクールに構えたくなってしまうのではないかという感想も年末、SNSで拡散されていた。そうかもしれない。後宮のように閉鎖的なスクールカーストになじめず、頭の良さを隠している教室の子どもたちは、少年であれ少女であれ、悠木碧の演じる主人公・猫猫の、ダウナーでいながら聡明なモノローグの声にしびれ、魅了されるだろう。高すぎず低すぎず、少年と少女の中間のように中性的でありながら、猫のように自由でしなやかな声は、緊張を解きほぐし、心にたまった毒をデトックスするような不思議な響きがある。

関連記事