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悠木碧の1人語りの技術

 悠木碧はこれまでも、多くの作品でその「語り」の技術を見せてきた。高いクオリティで話題を呼んだ『平家物語』(2022)では、山田尚子監督から「最初からびわの声は悠木さんだと思っていました」(朝日新聞2022年10月3日)と直接指名を受けて語り部の少女「びわ」を演じ、琵琶歌を女性アレンジで歌い上げる歌唱は琵琶監修の後藤幸浩を驚かせている(『平家物語 アニメーションガイド』2022年)。

 漫画家のオフビートな日常を描いた『あたしゃ川尻こだまだよ』(2022)では作者役を含めた1人多役をレゲエのようなリズムで演じ切った。『蜘蛛ですが、なにか?』(2021)では、蜘蛛の姿に転生した女子高生がカエルやヘビと戦うという、絵的にまったく萌えどころのない蜘蛛パートを、ハイスピードな1人トークの回転で抱腹絶倒のエレクトロポップに変えてしまう芸当も演じている。

『蜘蛛ですが、なにか?』(2021年)EDテーマ

「リズムが崩れると、作品の世界に入れなくなりますし、見ている人の鼓動とリズムが合えば……と思いながら演じています」(「まんたんWEB」2023年10月21日)

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「(画面を見ず)作業をしながらでも何が起こっているのか分かるようなセリフ運びにしてみると、より多くの方に楽しんでもらえるのかなということも考えました。センテンスが長いセリフも多いので、このセリフはどの部分を立てますか?と確認することも」(『声優グランプリ』2023年11月号)

 時に「悠木無双」「悠木碧の主演作は耳だけで聞けてしまう」と言われる悠木碧の1人語りの技術は、コンテンツが観客の目と時間を奪い合うこの時代に、耳を支配して画面に振り向かせる圧倒的なアドバンテージを持つ。演技に音楽的グルーヴを生み出すその語りの技術を支えるのは、セリフ運びやセンテンスにまでタッチして「ひとりごと」のリズムを作り上げていく声優としての姿だ。

「悠木さんは物語に対しての理解力、適応力がとても高いんです」長沼範裕監督(「Febri」2023年10月25日)

「猫猫役の悠木碧さんのお芝居がとても細かな心情まで表現されているので、収録した音声を聴きながら作画に修正を入れることも多いです」キャラクターデザイン・中谷友紀子(『アニメージュ』2024年2月号)

時に目立たない助演で真価を発揮

 しかし、声優としての悠木碧は決してワンマンプレイヤーではない。『薬屋のひとりごと』のBlu-ray第1巻のオーディオコメンタリーでは自分の演技についてあまり語らず、見過ごされがちな映像や音響スタッフの優れた技術をファンに解説している。そして、そうした作品への献身と「七色の声」とも呼ばれる技術は、時に目立たない助演で真価を発揮する。

 新海誠の出世作、国民的ヒットとなった『君の名は。』に悠木碧が出演していることはよく知られている。だが、作品内で果たした影の役割が語られることは少ない。