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 誰もが知る通り、『君の名は。』には神木隆之介はじめ、錚々たる実写映画のスターが総動員された。東宝芸能からは長澤まさみに上白石萌音、三葉の祖母や友人には市原悦子や成田凌。入れられる役にはすべて知名度のある人気俳優を入れる中で、起用された声優にはプロの声優にしかできない役割があった。

 公開直前のインタビューで新海誠監督は、声優経験の少ない成田凌について「持っているモノや熱意や芝居もすごくいいんだけれど、声優としての再現性がない」とし、

「そのため、安定感のある人、ということで悠木碧さんならば絶対に間違いがないかな。といった風に、バランスを取りながら配置していきました」(「アニメイトタイムズ」2016年8月30日)

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 と、相手役に技術の高い悠木碧を、いわば「サポート役」としてキャスティングしたことを明かしている。

悠木碧は『君の名は。』で誰をサポートしたのか?

 だが、今映画を見返すと、悠木がサポートしたのは成田凌だけではないように見える。男女の心が入れ替わり、瀧と三葉の声のトーンが変わる演技に神木隆之介と上白石萌音が挑戦したことは当時話題になったが、よく見返せば、その親友・名取早耶香を演じる悠木碧も、三葉に合わせて声のトーンを変化させているのだ。

 映画の序盤、三葉と早耶香が自分たちが暮らす田舎町に対する愚痴を交互にこぼすシーンで、悠木碧は早耶香の声を三葉よりややルーズな、少しなまった声で発声している。そのことによって三葉は、早耶香との比較でより澄んだ声の、透明感のある少女として観客に印象づけられる。

 そして後半、瀧の心になった三葉を演じる上白石萌音が「男声」に挑戦するシーンでは、早耶香を演じる悠木碧は一転して甲高いトーンの声に演技を切り替えているのだ。その比較は三葉の声をより凛々しく、少年的に感じさせる。

 これは劇場で一度きりの映画を見る観客には意識できない「映画館の魔術」だ。しかし配信やDVDで見返せば、悠木碧が確かなプランを持って演技していることが分かる。

『君の名は。』(2016年)

「爪痕を残す」どころか…

「早耶香はとっても普通な子です」というパンフレットの悠木碧のコメントの通り、早耶香は観客に対して「普通」のリアリティラインを制御する重要な役割を持っている。田舎町の日常的な導入から、クライマックスにかけて神秘性に飛躍するシナリオに観客のリアリティをつなぎとめているのは、三葉とテッシーの突飛な計画に狼狽え、放送室ジャックで街へ避難を呼びかける「普通な子」早耶香の声が震える演技である。

 そうした演技プランや収録でのサポートについて、悠木本人の言及は少ない。成田凌が公開から1年後に語った、「途中で声が出なくなっちゃって。特に後半は叫ぶシーンがいっぱいあったのでまいっていたら、悠木碧さんが漢方や飴をくれて、めちゃめちゃ助かりました」(「ナタリー」2017年7月26日)という、「薬屋」のように共演者の声帯トラブルをサポートした逸話についても、彼女自身の言及は見当たらない。「爪痕を残す」どころか指紋まで拭き取るように、メインキャストを称えるコメントだけを残し、助演の仕事を全うしている。

 だが悠木碧のそうした助演の魔法に、たとえ1000万人の観客は気がつくことがなくとも、「絶対に間違いのない声優」として起用した新海誠監督、そして「悠木さんは僕のイメージだと何色でもできるような、印象です」(「SPICE」2016年8月26日)と答えた神木隆之介は気がついているのかもしれない。