2012年、持病の自己免疫疾患の治療による緊急入院と、それにともなう無期限の活動休止を発表し、メインのキャラクターを演じていたアニメ作品や、パーソナリティを務めたラジオ番組など、数多くのレギュラーを一挙に降板することになった声優の後藤邑子さん。
現在は復帰し、精力的に活動を続ける彼女だが、ここに至るまでの道のりは平坦なものではなかったという。
その長い闘病の中で彼女を支えた現場の出来事、そして病棟内でのエピソードについて、著書『私は元気です 病める時も健やかなる時も腐る時もイキる時も泣いた時も病める時も。』より、一部を抜粋して引用する。
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弱り切った身体で向かったスタジオ…そこで目にした光景
入院して3カ月ほど経った頃、アニメ『ひだまりスケッチ』シリーズ第4期、『ひだまりスケッチ×ハニカム』の収録を打診されました。『ひだまりスケッチ』は2007年から2012年まで長く続いたアニメシリーズです。
この第4期は、シリーズが始まった頃は高校2年生だった私のキャラクター、ヒロたちが学校を卒業していくまでのお話です。制作サイドは放送スケジュールのギリギリまで、私が病棟から外出許可をもらえるまで、収録を待ってくれたそうです。
こんなにありがたいことはないです。それなのに、点滴と投薬で弱りきった当時の私には収録できる気がしませんでした。演じられる自信がないのです。人間の身体はこんなに簡単に薬に打ちのめされるんだなと実感していました。
でも、「これができないと、私は何もできないぞ」とも思いました。私にとって、オーディションで出会ったヒロはずっと長く近くにいた、一緒に育ってきたような特別なキャラクターでした。『ひだまり』の収録現場も、学生寮のようで、誰も気張らず、繕わずに過ごせるホームのような場所でした。
ホームで、長年演じたキャラクターを演じられなければ、声優としてはもうどこにも進めないだろうと思いました。ここなら恥をかいてもいいじゃんって思えたのも大きかったです。ここのメンバーになら、恥ずかしい状態の自分を見られても平気だと。