1ページ目から読む
4/4ページ目

「すみません!」

 いきなり謝られてしまいました。え、待って、まだ何も言ってないのに謝るとかされたら私がクレーマーみたいじゃない。そのとおりだけど、お願い、(まわりの目もあるから)顔を上げて!「お見舞いのことですよね。みんなに言っておきます」と彼は言いました。おこりんぼは下手に出られると弱いです。

「あ、はい、そう、その件です。助かります」

ADVERTISEMENT

 ごめんね、少年。私もお見舞いされる側の気持ちはわかります。友だちが自分のために来てくれているのに、静かにしてとか、まして大人数で来ないで、なんてとても言えない。君は何も悪くないって私も思っているからお願いだからそんなに恐縮しないで、と罪悪感がこみあげました。でも理解してくれてありがとう。

 穏やかに少し話して別れたのですが、病棟内では

「後藤さんが、ついに男子高校生をシメた」

 と噂になったそうです。噂を聞きつけた看護師長から「患者同士で解決しようとするとトラブルのもとになるので……」と注意を受けました。はい、当然の注意です。でも「あなたたちが何もしてくれないからぁ……」というおもしろくない気持ちもありました。

 そんな時もSさんは「あなたは正しいことをしたのよ。彼のためにもなったはず」「私も、身体が自由に動けば、一緒に叱りにいったのに」と、言ってくれました。優しい、ほしい言葉をくれる人でした。

あの夏、病室の窓から見えたもの

 しばらくして、Sさんは抗がん剤治療のインターバルで退院していきました。自宅療養中にもメールでやり取りをしていましたが、「まったく歩けなくなっちゃった(+o+)」のメールを最後に連絡は途絶えます。

 次にSさんから届いたメールは、娘さんが書いたものでした。Sさんは亡くなりました。余命はとうに告げられていたそうです。入院時には、とうに。私と楽しく話していた時も、本人も家族もわかっていたのです。

Sさん夫妻が経営されていたコンビニに宛てたサイン。このサインを見にお店に来られた人もいたという

 自分のことを大好きでいてくれる旦那さんと娘さんに囲まれて、まわりの人を笑顔にしてしまう彼女の人生はすばらしいものだったと思います。娘さんのメールに「私にはもったいないくらいの素敵なお母さんでした」と書いてありました。いつか私がSさんご夫妻が経営されていたコンビニに宛てて書いたサインは、お店の経営を離れられた今も大切にしてもらっています。

 同じ病室で過ごした夏はよく晴れましたね。晴れると、高層階の病室から、ずっと遠くの山が海のように見えましたね。旅行に行きたいと、そんな話をたくさんしましたね。