Sさん夫妻と話している時間は楽しかったです。旅行に行きたいとよく話されていました。昔行った旅行地にもまた行きたいと。穏やかな時間でした。
夏のある日「ひとりの男子高校生が入院してきたことがありました」
真夏くらいだったか、ひとりの男子高校生が入院してきたことがありました。友だちが多いのでしょう、大勢の友人がお見舞いに来るようになった時期があります。彼らは病棟の談話室に集まって、健康的な高校生らしく大騒ぎしていました。「入院は心細いだろうしな。こうして来てくれる友だちって実際うれしいもんな」と、私も最初は微笑ましく見ていました。
次の日も、彼らはやってきました。「おやおや今日も皆さんお揃いで」
次の日も彼らはやってきました。「仲良きことは美しきことかなっつってね」
次の日も彼らはやってきました。「ははっ、ちょっと来すぎなくらい来るじゃん」
次の日も彼らはやってきました。「朝っぱらから来てからにこの……、てゆうか学校はどうした?」
次の日も彼らは……。「うるせえのよ毎日毎日ぃぃーっっ!」
口には出していないですよ。1週間が限度でした。すみませんね、気が短くて。
病棟の中の談話室が果たしていた“役割”
そもそも病棟のこの階には重病の患者さんが多いです。大きな声を出せない人も多く、周囲が騒がしいと会話がかき消されます。また、話の内容が深刻な場合もあり、同室の患者さんに気をつかわせないよう家族で談話室を利用する方も多いです。もとから談話室を利用していた人たちは来なくなりました。
患者さんたちは何度かナースステーションに掛け合ったそうですが、「なんとかします」と言われるばかりで、高校生たちには変化はありませんでした。私は大もとの彼と話をしたいと思いました。入院患者の高校生です。病棟内の廊下をぐるぐるとまわり、くだんの高校生の名前と病室を突き止め、彼に話しかけることにしました。
「○○さんですか? ちょっとお話があるんですけど」
穏便に話しかけたつもりです。叱るつもりもなかったのです。しかしいきなり自分の病室を探しあててやってきた女は、高校生にとって恐怖でしかなかったでしょう。