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「思い出せ、あの心地よい楽ちんなホームを思い出せ」

 と念じて病棟からスタジオに向かいました。共演者はいなかったわけですが。そりゃ免疫抑制しているんだから抜き録りになりますよね。

 抜き録り用のヘッドホンから、先に収録したメンバーの声を聞きながら参加しました。そうしたら、思っていたよりスムーズにできたんです。『ひだまり』の皆の中に入ったら、病室でひとりで練習していた時よりすんなり、ヒロになれた気がしました。

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 収録を終えてスタジオを出ると、音響監督の亀山俊樹さんだけでなく、原作者の蒼樹うめ先生、プロデューサーの高橋祐馬さんはじめ、なじみの『ひだまり』スタッフの方たちが揃って待っていてくれました。

 歓迎してもらえたことがうれしくて、なんだかもう感極まってしまって、つい「大丈夫、半年くらいで治って退院できます」と、軽口を叩いてしまいました。照れ屋なんです。数カ月後、病室で放送を観ました。アニメってすごい。裏でボロボロの人間が声をあてているのに、キラキラしたキャラの表情や動きに引っ張られて、明るい女の子がちゃんとそこにいる。

 私は病室で、泣いているキャラクターたちよりも泣いていました。いろんな想いが溢れた涙でした。

(撮影=橋本篤/文藝春秋)

仲良くなった病棟の友人

 入院中に仲良くなった患者さんに、Sさんという方がいました。旦那さんと娘さんが毎日お見舞いに来ていて、すごく家族に愛されている方なんだな、というのが最初の印象でした。

 新米の看護師がどれだけ採血に失敗しても、「ごめんなさいね。血管がモロくなってるし、脱水症状で採血しづらくなってるのよ。こうして叩けば、少し採りやすくなるから」と笑顔で自分の腕を叩いてあげていました。

 私は看護師たちの採血の失敗率の高さに毎朝、内心ブチ切れていたので、Sさんの態度にはただ感心するばかりでした。私が治療の副作用で吐き気が止まらなかった時に、「大丈夫? 何か食べられるものある?」とすぐに声をかけてくれたのがSさんでした。

 Sさんご夫妻はコンビニエンスストアを経営されていたので、病院の売店で、私が唯一食べられるメロンゼリーが売り切れていた時には、旦那さんがお店からメロンゼリーを山ほど持ってきてくれました。