コロナ禍の『ヒーリングっど♥プリキュア』
2020年、コロナ禍が直撃し、放送中止や映画公開延期が重なった主演作『ヒーリングっど♥プリキュア』(ヒープリ)を振り返って、悠木碧が雑誌に書いた文章がある。
「ヒープリは不遇だったと言わせるつもりはない。私達は本当の本当に、世の中に希望が必要な時にプリキュアを任せてもらえたのだ」
「どうか明日に希望を持って欲しい。今日手洗いうがいをした貴方はプリキュアだし、密を気にした貴方もプリキュアだ。あのお店潰れちゃってないかな、と心配してあげた貴方もプリキュアだし、宅急便の人にありがとうございますと伝えられた貴方もプリキュアだ。プリキュアは絶対に負けない。まだ闘える。もしも希望が足りなくなったら、是非日曜日の朝に少し早起きをして、プリキュアを観てみて欲しい」(ともに『クイック・ジャパン別冊 おそ松さん』2020年)
これはまるで災害を乗り越えて去っていく大統領の退任演説のようだ、と知人がこの文章を読んで言った。わずか4ページのこの文章には、日本の女性にとってプリキュアとは何かという過去の建国の理念がある。現在への社会的な眼差しがあり、次の主演声優に継承する未来への希望がある。悠木碧の多岐にわたる活動を支える能力の根底にあるのは、彼女の考える力、言葉の構成力だ。声優として山田尚子監督はじめ、多くの演出家・脚本家のもとで影響を受けた言葉の種は、悠木碧の中で創作の大樹に育ちつつある。
世界に広がる猫猫の物語
「悠木碧はエンドロールで待ってる」
そんなタイトルの、ファンが彼女の多彩な演技力を形容した美しい散文がネットには残っている。上映中は演技力によって悠木碧の声だと気がつかず、エンドロールを見て初めて気がつくという意味だ。だがもしかしたら遠くない将来、観客たちはエンドロールで声優としての悠木碧だけではなく、原作者や脚本家としてクレジットされた彼女に出会うことになるのかもしれない。
「人の弱いところを見たときに心が動いちゃうのはすごい共感できる部分ですね」(「声優グランプリ」2021年3月号)
アニメ化も、小説のドラマCD化も決まる前、声優誌の企画で『薬屋のひとりごと』を朗読した悠木碧は、自分と猫猫との共通点として、ほぼ初読で物語の本質を射た言葉を残している。誰にも媚びず、しかし人の心の弱さに寄り添い、薬を与える不思議な猫猫の物語。人気は世界に広がり、Netflixの配信では各国語の字幕で世界の人々が視聴する。多くの国の少年少女たちが悠木碧の声が作り出すリズムで猫猫のひとりごとに憧れ、影響を受けるだろう。新しい子供たちに大人が少々苦い思いをしても、それはきっと正しいことなのだ。古今東西の名作がいつの時代も必ずそうであるように、これは毒にも薬にもなる物語なのだから。