立ち並ぶ雑居ビルにはフィリピンパブの看板が連なっている。界隈に店を構えて10年になる小柄な名物ママ、アニー(48)は、それらを指さして日本語で言った。
「あそこも辞めちゃった。あの店も、あれも……」
その中には3カ月前に新型コロナウイルス感染症のクラスター(感染者集団)が発生した店も含まれていた。
「今は夜やっているお店もあるけど、知り合いのママたちから暇だって電話くる。コロナで昼間の仕事もしなくちゃいけなくなった。でも首になったの。フィリピンパブ持ってるからだって。クラスターがニュースになって、『フィリピン人だから』って言われると、『だから』って言わないでって思う。こんなコロナにならなかったら平和だったのに……」
売り上げ80%減で「我慢との闘い」
東京でフィリピンパブが最も密集する歓楽街、足立区竹の塚。アニーがママを務めるパブ「カリン」(現在の名称は「Momsy」だが、常連の間では「カリン」と呼ばれている)は、クラスターが発生したその店が入居する雑居ビルの目の前だ。
雨がぱらぱらと降っていた10月半ばのある平日、営業しているというのでカリンを訪れた時のことだ。
といっても時間は午前10時半。「夜の街」は朝になると人通りがなく、閑散としている。にもかかわらずカリンだけはネオンの点滅に彩られていた。店内は、カラオケから流れるロック調の激しいリズムに合わせ、マイク片手に歌う中年男性の、耳をつんざくような大声が響き渡る。男性はかなり酔っているようで、歌い終えると千鳥足で外へ出てタバコを一服。店内に戻ってくると、椅子に座ったまま深い眠りに落ちた。
8つのテーブル席にはそれぞれ透明なパーティションが取り付けられ、アルコール消毒液とウエットティッシュも備え付けられている。
店にはこの中年男性以外、客の姿はなく、店の従業員もアニーともう1人のフィリピン人女性だけ。がらんとした店内に、いつもの賑わいは消えていた。アニーが流暢な日本語で、ため息混じりに語った。
「本当に暇になった。売り上げは80%減。もう何ヶ月も赤字よ。家賃も払っているし、水道、ガス代も出ていく。あと何カ月続けられるかな……。我慢との闘いになっているよ。続けられる限りはやるしかない。だって今店を止めたら損じゃん。コロナ終わったらまた場所探しから始めるの? お店の女の子も昼間の仕事ないし」