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自分を支えてくれる尊い「推し」が大炎上… 「推せなくなる日」をファンはどう受け止めたのか

著者は語る 『推し、燃ゆ』(宇佐見りん 著)

『推し、燃ゆ』(宇佐見りん 著)河出書房新社

 文藝賞を受賞したデビュー作『かか』で三島由紀夫賞を史上最年少受賞、さらに野間文芸新人賞にもノミネートされ、今もっとも熱い視線を浴びている作家、宇佐見りんさん。2作目となる新刊『推し、燃ゆ』は、雑誌掲載時、まずそのタイトルが話題をさらった。

「もともと執筆中の仮題、愛称として使っていたタイトルだったんですけど、結果的にこれにしてよかった。ピンと来てしまう人が一定数いるタイトルになったと思います」

「推し」という言葉、概念をまったく知らない、または聞いたことがあってもよくわからないという人もいるかもしれない。その意味は、一言で説明できるものではない。しかしこの作品を読むことで、確実に理解することができる。

 主人公のあかりは男女混合アイドルグループのメンバー、上野真幸(まさき)を推している。彼が関わるCDやDVDは複数枚(ときには何十枚も)購入し、出演した番組は録画して何度も観返す。ラジオ、テレビでの発言はすべて書き取って、それらをもとにした解釈をブログに書く。「推し」である真幸に関わることを最優先に生きているあかりだが、それ以外の部分では多くの問題を抱えている。高校の授業はまったく頭に入らず保健室で休まざるを得ないし、バイト先の定食屋でもうまく動けず怒られてばかりだ。

 あかりは「あたしには、みんなが難なくこなせる何気ない生活もままならなくて、その皺寄せにぐちゃぐちゃ苦しんでばかりいる」という。そんな彼女にとって「推し」は必要だったと宇佐見さんは言う。

「私は、自分の力では歩けない時期っていうのはあると思っていて。生活にはいろいろなタスクがあって、勉強でも仕事でも、締め切りがあるものに食らいついていかなきゃいけない。しんどいけどなんとかやっていかなきゃ、っていうとき、推しに触れたことによってぼっとエネルギーが生まれて、その勢いで進める。推しが推進力になる感覚です」

 重い体を引きずってあえいでいるあかりが、しかし真幸を推している間だけは、動ける。体に芯が通ったようになる。その反応は単純に芸能人の「ファンである」ということからは大きな隔たりがあるように思える。

「芸能人を推していることに対して『そんなに好きになったって結婚できるわけじゃないんだから』という冷笑めいた視線がありますよね。結婚したいとか、彼女になりたいとか、そういう風に思っている人ももちろんいるとは思いつつ、それだけじゃないんだよ、ということは誤解のないように描きたかった。ただの趣味より、もっと切実なものがあるんじゃないかというのが実感としてありました」

 タイトルからも分かるように、あかりの推しである真幸は炎上する。ファンを殴ったことで批判され、大量の悪意にさらされる。そして、あかりが「推しを推せなくなる」状況が訪れる。

宇佐見りんさん©宇壽山貴久子

「永遠には推せないということは、あかりもどこかで分かっていると思うんです。推しを失うことは、アイデンティティを剥ぎ取られるということで、凄まじい痛みを伴います。でも、それは彼女にとって、どこかで経験しなくてはならないことだった。推し活動に関しても、自分の生活に関しても、解き放たれた瞬間が生まれて、そこに、なにかしらの強さが見えたらいいなと思いました」

 すべてを捧げて推し、その対象を失うことによって彼女は確かに前進する。その先の未来がどのようなものになるにせよ、ただ応援したい。痛いほどにそう願ってしまう小説だ。

うさみりん/1999年、静岡県生まれ、神奈川県育ち。現在大学2年生。2019年、『かか』で文藝賞を受賞しデビュー。2020年、同作で三島由紀夫賞を最年少受賞、また野間文芸新人賞の候補となる。

推し、燃ゆ

宇佐見りん

河出書房新社

2020年9月10日 発売

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