小説投稿サイトに発表した『君の膵臓をたべたい』が編集者の目にとまり、2015年に書籍化され、たちまちベストセラー作家となった、住野よるさん。最新長編は、敬愛するロックバンド・THE BACK HORNとのコラボレーションによって生まれた。通常版より1ヶ月早く刊行された「CD付・先行限定版」により、全著作の累計発行部数は500万部を突破した。
「3分の2は『膵臓』の部数なんです。想像もしようがない数の人々に読んでいただけたことで、傷付くこともありました。作品について褒められるのは他人事なのに、批判は全部、自分で喰らってしまうんです。作家をやめようかと思ったこともありました。でも、『膵臓』があったからこそ、THE BACK HORNに住野よるという存在を知ってもらえていたし、構想段階から打ち合わせして小説と音楽を同時進行で作っていく、という今回の企画への名刺にもなった。出版社も、100円アップでCD付の単行本という、利益率が低い本を出してくださった(笑)。『膵臓』が売れて良かった、と初めて感謝できました」
主人公は、高校1年生の少年・鈴木香弥(かや)。ある夜、誰もいないバス停の待合室で、両目と手足の爪だけが光る透明人間の少女と出会う。夜毎会話を交わし合い、互いの世界について情報交換をするうちに、カヤは少女のことを好きになる――。
「THE BACK HORNのリスナーが初めて僕の本を手に取ってくれる可能性も意識して、むしろ住野よるっぽいものを書くべきじゃないかな、と。だったら『膵臓』から書き続けてきた“2人の間だけにしかない関係”というモチーフを突き詰めてみようとした結果、異世界まで行ってしまいました(笑)。一目惚れが絶対できないこともあり、カヤが恋心を自覚するまでには、結構なページ数が必要になりました。自覚というより、覚悟ですかね。叶わない恋になることは、カヤ自身もわかっているんですよ。でも、自分でも手が届くとか相手を落とせそうだからって好きになる時点で、それは恋愛ではなく打算ですよね」
その恋愛はどんな結末を迎えるか? トラウマティックな青春の蹉跌を描くのは作家の十八番だ。本作最大の挑戦は、2部構成の後半にある。社会人となった15年後の主人公が再登場し、青春のトラウマをどう引きずり、どのように晴らしていくか、たっぷりのボリュームで綴っていった。
「“青春の終わり”とかよく言いますけど、そこでプツンと切れる人生なんてない。その後も人生は続いていくのに、“あの恋愛がベストだった”とか“あの頃は良かった”と思いながら生きていったらダメだよな、と。そのことを、THE BACK HORNから教えてもらった感覚もあるんです。彼らはデビュー20周年の去年、めちゃくちゃかっこいいアルバムを出されたんですね。どんなにキャリアを積んでも、新しい挑戦はできるし“昔の自分を超えた”と胸を張れるものが作れる。人生で一番幸せな時間はきっと、まだこの先にある。そういう人生のあり方をはっきり提示できたのは、この小説だったからだと思います」
住野よるは、覆面作家だ。いわば透明な存在である作家を「好き」でいてくれる読者に向けた、祈りのような言葉が最後に登場する。
「ありがとうございます、これからもいっぱい書きますので、またお会いできたら嬉しいです……と、この小説を通して言っておきたかった。この気持ちはずっと忘れたくないですね」
すみのよる/作家。高校時代より執筆を開始。2015年に刊行したデビュー作『君の膵臓をたべたい』がベストセラーになる。著書に『また、同じ夢を見ていた』『よるのばけもの』『か「」く「」し「」ご「」と「』『青くて痛くて脆い』など。