「そろそろ仕事に戻りますね」
と言って、部屋を後にしようとする女将に、“叔父さん”へ取り次いで欲しいと再度、念を押したが、その様子から、それも叶わないのかもと思わざるを得なかった。
やはり女将に売春のことを聞くのはマズかったか。そう落胆しながらひとりきりになった客室で、女将から聞いた話を取材ノートに書き留めていた。
そんなとき、ふたたび女将が僕の部屋をノックした。その直後、落胆が高揚に変わった。取材を受けてもいいというのである。行政担当者であり、島の歴史を熟知しているというその“叔父さん”が。過去の事件取材で、これまで頑だった関係者が重い口を開いてくれたときのように気持ちが昂る瞬間だった。
“良からぬ場所”みたいなひどい言われ方をした
「島の歴史ですか……。渡鹿野という島は何で知りました? 何年くらい前に来られました?」
「8年くらい前です」
「それは何で知って来られました?」
「雑誌やインターネットです」
「ああ、要するに“夜の街”みたいな」
「そうです。言いにくいですが“売春島”として……」
「うん、“売春島”ってことだよねぇ。それはもう本当に有名になって、全国に広まって。やはり、その、三重県でも県内の“良からぬ場所”みたいなひどい言われ方をしたこともあるんだけど。まあ、そんなこと(売春)を『野放しにしているのか!』みたいな突き上げも警察に対してあったらしいし。そういう時代を経てるんだけど、もう、今は昨晩泊まって分かるように廃れましたね。まあ一部ね、ちょっと(売春が)残っている所もあるんだけどね」
意外な反応に僕は、驚きを隠せなかった。恐縮し、言葉を選びながら売春のことを尋ねるも、名前を三橋恭平(仮名、60代)というその“叔父さん”は、かつて売春産業が盛んだったこと、のみならず、いまもそれが続いていることをあっさり認めたのである。
◆
10月24日(土)21時から放送の「文春オンラインTV」では、『売春島』著者の高木瑞穂氏が本書について詳しく解説する。
その他の写真はこちらよりぜひご覧ください。