小説『朝が来る』は、不妊治療の末に特別養子縁組を選択してわが子を迎えた夫婦と、実母である14歳のひかりの苦しみと光を描いている。
その原作者・辻村深月さんに、河瀨直美監督は「この映画を撮るにあたって、子である朝斗のまなざしは必要不可欠だと思っています」と伝えたという。2人の母の物語だけではない、原作に込められたちいさな視点や景色、それらを掬(すく)いとるというのである。
「ひかりが身籠ったのは若気の至りではなく、好きな相手との間にある確固たる感情であり、自然の摂理なんです。だから、ひかりが生きる街はいのちを感じさせる原始的な緑に包まれていることが大切だと考えました。一方の養親となる佐都子と清和夫婦が暮らすタワーマンションは、最先端の象徴のような湾岸エリアにあります。どちらの街にもある美しさと光。それが印象的に伝わるようにしました」
河瀨作品は、毎作「役を積む」ことが語られる。
演者は役の人生を生きる。役をかたち作るひとつひとつの時間を積み重ねることで、佇まいは変わり、さらには景色をも深めることになる。
「養親役の永作博美さんと井浦新さんには、家族として繋がっていくまでの時間が重要でした。不妊治療をあきらめた夫婦が、思い出の場所を歩きながらともに生きる気持ちを固めていく。井浦さんは、“思い出の地を再び歩く”という、その思いを大切にするため、結婚前に行ったデートコースを考え、永作さんと行きたいと言われました。撮影にその予定(スケジュール)はありませんでしたが、それならば私も行こうと決めました。お2人はその行程をとても楽しまれていた。私は、そこでの会話をすぐ脚本に入れ込みました」
実母と養親。さらに、この作品でもう1人の母と呼べるのが、浅田美代子さんが演じる特別養子縁組の仲介を行うNPO法人代表の浅見だ。
「『あん』にご出演いただいた樹木希林さんとの御縁だと感じるのですが、浅見は浅田さんに――そう聞こえた気がしました。実在する団体でわが子と別れることになるお母さんと何日も時間をともにされた浅田さんは、撮影先の広島で出会った修学旅行の中学生にひかりの人生を重ねて、涙を流されました。『ひかりちゃんもあそこに居させてあげたかった……』と。そういう、役から湧き出た思いはいくつもあって、カメラを回していない時に浅田さんがふっと語りはじめる脚本にはない言葉を、急いで私たちが撮影する場面もありました」
この物語は、蒔田彩珠(あじゅ)さん演じる14歳の母親が抱えた孤独と、心に蓋をして自分の過去の悲しみを忘れようとしていた者が最後に向き合い、強い光をたたえる。
「人の本当の悲しみとは、どのようなものか。その悲しみを理解し、分かち合えるのはどういう人なのか。本当の絆が結ばれるきっかけを朝斗という小さないのちがつなぎ、そこから新しい明日を予感させる。作品の最後に、小さくても消えない光の輝きを感じていただけたら嬉しいです」
かわせなおみ/奈良を拠点に映画を創り続ける。本作はカンヌ映画祭公式セレクションに選定されている。東京オリンピック公式映画監督。2025年大阪・関西万博プロデューサー。
INFORMATION
映画『朝が来る』
http://asagakuru-movie.jp/