一見、覚えにくいタイトルだが、映画を観れば「自分は自分でひとりで生きていく」という前向きなメッセージの意味がスッと入ってくる。夫を亡くして、孤独に生きる老境の桃子さんの日常と若かりし頃の物語。東北弁をふんだんに使った若竹千佐子の同名小説を映画化したのは、『横道世之介』などで知られる沖田修一監督。これまでの作品同様、脚本も担当している。
「桃子さんの脳内に語りかけてくる心の声――原作で言うところの“柔毛突起”の映像化なんて不可能じゃないかと悩んでしまい、最初は諦めから入っていました。でも“柔毛突起”を『寂しさ』や『どうせ』というキャラクターにして、僕の好きな俳優さんが演じるという発想に行きついた時、書けると思ったんです」
“柔毛突起”を演じるのは濱田岳、青木崇高、宮藤官九郎という芸達者たち。桃子さんの周りで、時に楽しそうに踊り、時に寄り添う彼らの姿は、監督がイメージした通り、『白雪姫』に出てくる小人のよう。
「桃子さん親衛隊のよう(笑)。原作の柔毛突起は性別も年齢も不詳なのに、女性や子どもを入れず、僕の世代に近い男性3人にしたのは、もしかしたら無意識に僕の中に桃子さんの息子という目線があったからかもしれないですね」
実は自身の母親の境遇が桃子さんに近いのだという。
「ちょうど父が亡くなったタイミングでこの映画化の話をいただいたんです。以前から母がこの原作が面白いと言っていましたし、母も東北出身で若い頃に上京してきて、今はひとり暮らしをしている。桃子さんと似ているので、ウチの母親のことを描いてしまえばいいんだと思ったんですよね。だから劇中に出てくる『遠くの子どもより近くのホンダ』とか、孫に『ばぁばは自由でいいね』と言われるのも、全部母の話。原作の素敵なエピソードやセリフも使わせてもらっているけれど、振り返ると母の実話の方を思い出してしまいますね」
現在の桃子さんを演じるのが田中裕子で、昭和の桃子さんを演じるのが蒼井優だ。
「現在の桃子さんの心の声を蒼井さんが担当するんですが、蒼井さんは上下黒い服を着て目立たないように現場に来てくださり、田中さんの表情を見ながらその場で声を当ててもらいました。本当に助かりました。田中さんは湿布の貼り方にこだわって練習していたのがすごく面白かったです。というのも、僕が脚本に『湿布の貼り方が職人芸』と書いたからなんですが(笑)。原作者の若竹さんが田中さんのことを『無表情なのにとても表情豊か』とおっしゃっていたのですが、その通りだと思いました。田中さんも蒼井さんもそういう落ち着いた雰囲気が似ていて、同一人物を演じていただくのにぴったりでした」
ちなみに意外性のあるオープニングが秀逸。
「僕も脚本の1行目を描いていて楽しくなったし、田中裕子さん主演だと思って観に来た方が、劇場を間違ったかなと確認するような事態になったら面白いですよね(笑)」
おきたしゅういち/1977年、埼玉県生まれ。2009年、『南極料理人』で商業映画デビュー。他に『モリのいる場所』など。来年、『子供はわかってあげない』が公開待機中。
INFORMATION
映画『おらおらでひとりいぐも』
11月6日公開
https://oraora-movie.asmik-ace.co.jp/