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「ちょっとここから先は…」グリコ・森永事件、脅迫テープの声の主“京都の少女”に父はこんなに接近していた

日本音響研究所・鈴木創氏インタビュー #1

2020/11/01
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とにかく子供の声を集めなければいけない、と奔走したようです

ーーお父様は、子供は大きな犯罪を犯さないし、関わらないだろうと考えていただけに意表を突かれたようですね。

鈴木 子供に対して、犯罪を犯すという先入観がまったくなかったと言っていました。そうした考えがあったゆえに子供の音声サンプルを用意していなかったので、当初は戸惑ったようです。また、子供は成長するのが非常に早いので、今日の声と1年後の声を比べても声変わりなどを経た場合などはぜんぜん違うものになってしまう。

 我々が行っている声紋鑑定というのは口腔内の容積の共鳴周波数を波形にして見ていくわけです。これによって声しかわからない人物の年齢や身長を割り出すことができたり、ふたつの音声の声紋を比較してそれらが同一人物のものなのか別の人物のものなのかが判別できる。

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 とにかく子供の声を集めなければいけないと、私が通っていた小学校に出向いて生徒さんたちの声を採集させてもらったりして、いろいろ音声データを集めるのに奔走したようです。もちろん、私の声もデータになっています(笑)。

 でも、事件の捜査やそれに対するデータを採集するのに小学校と生徒さんたちに協力してもらうというのは、言い方を変えればうちが事件に巻き込んでしまっているわけです。そのあたりには申し訳ないなという気持ちも抱いたし、子供たちの手を借りなければいけなかったあたりにはやっぱり普通の事件じゃないなと思いましたね。

 

「ちょっとここから先は危険かもしれないから」

ーー少女らしき声を録音したテープに関してですが、1985年5月にお父様は声の主だと思われる女子中学生に近づいています。某週刊誌に「電話の少女を知っている」との情報が寄せられ、母親とふたりで京都市内のマンションに住んでいるその少女に塾のアンケートを装って声を採取したそうですが。

鈴木 少女らしき声の主を調査していくなかで、その子じゃないかという線が強まったらしいんです。それで記者さんと父が京都に行くことになって、たまたま私もゴールデンウィークで休みだったので一緒についていくことにしました。

 ただ、私は調査といっても少女の声を採取までするとは聞いていなかったんです。最初は京都観光をしていたんですけど、調査をする日になったら父から「おまえはここから一歩も動くな。出歩くな」とホテルで待機するように言われて。

 

ーー犯人グループに近づいてしまう可能性もあると警戒されていたわけですね。

鈴木 「ちょっとここから先は危険かもしれないから」とも言われました。ずっとホテルで待つように言われたということは、かなり危険な部分にまで近づく調査なんだなとはやっぱり感じましたよね。父が戻ってきて車で帰っている最中に「実はさっきね……」と、少女の声を採取したと聞かされて驚きました。

ーーお父様の様子はどうでしたか?

鈴木 採取した音声が一致しそうな音だということで、かなり興奮していましたね。ただ、一致するかどうかは研究所に持ち帰って分析しないとわからなかったんですけれども。