音声分析・声紋鑑定の第一人者である鈴木松美氏(79)を父に持つ、日本音響研究所の所長・鈴木創氏(49)。

 松美氏はグリコ・森永事件(84~85年)で、犯人グループに誘拐されたグリコ社長が吹き込まされたテープや同社幹部宅に電話で掛かってきた少女らしき声による脅迫テープなどを分析して脚光を浴びた。

 同事件以外にも、フィリピンのアキノ氏暗殺事件(83年)、日航ジャンボ機墜落事故(85年)、國松孝次警察庁長官狙撃事件(95年)など、“音”を通じて昭和・平成史に残る大きな事件や事故と対峙してきた父と自身について聞いた。(全3回の2回目。#1#3を読む)

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ある国会議員から数億円渡すから分析を中止しろと言われた

ーーグリコ・森永事件も大きな事件ですが、その前年に音声分析と声紋鑑定で関わったフィリピンの政治家アキノ氏の暗殺も相当な事件だったと思います。アキノ氏が当時のマルコス政権を批判する勢力のリーダーであったこと、暗殺が行われたのが白昼の空港であるうえにTBSと米ABCのカメラマンがカメラを回しているなかでの犯行ということもあって非常にショッキングでした。

【アキノ氏暗殺事件(83年)】

 フィリピンで約20年にわたって続いていたマルコス大統領による独裁政権。その反対勢力のリーダー的存在であった政治家ベニグノ・アキノ・ジュニア氏が大統領選挙出馬のために追放先のアメリカからの帰国を決意する。1983年8月21日、マニラ国際空港に到着したアキノ氏は旅客機に乗り込んだ兵士たちに連れ出されて射殺されてしまう。フィリピン政府はゲリラ組織の一員の犯行と発表するが、後に軍幹部の関与を認めた。

鈴木 世界的な事件であったし、確実に人が殺されていますからね。

射殺されたアキノ氏(右下) ©共同通信社

ーー発砲の瞬間はビデオカメラで捉えられなかったものの、そのマイクの音声が拾っていた銃撃音や会話から使用銃器や実行犯たちを特定しましたが、それがことごとくマルコス政権が発表したものと違っていた。この結果が出ることを何者が恐れたのかはわかりませんが、分析の最中はお父様の周囲で不審なことが続いていたそうですね。

鈴木 当時は、山梨県北都留郡の上野原町(現:上野原市)に研究所があったんです。同じ敷地に研究所とは別に私たち家族が暮らす住居もありまして。その周りを見たことのない人たちがうろついていたり、スモークガラスを貼った黒塗りの車がグルグルと回っていたり、ある国会議員から数億円渡すから分析を中止しろと言われたりしたそうです。

 ただ、私を不安にさせたくなかったんでしょうね。そういうことがあったとは父は一切話さず、だいぶ後になって聞かされました。だから私自身は怖い思いをすることはなかった。ただ、グリコ・森永事件の時と同じように、小学校からは寄り道しないでさっさと帰ってきなさいと言われていましたけど。