昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2020/10/31

耳に入ってきた途端、抗い切れぬ“官能的な快感”

 筒美京平の魅力といったとき、そういった“一流の技術職”としての腕の確かさというのも、勿論抜きには語れぬ大切な要素ではある。だがそれよりなにより筒美京平の書くメロディには、何故か耳に入ってきた途端もう抗い切れぬものがあるのだ。フィジカル/生理的な心地よさだ。

 それは、美人というものは一目見た瞬間からもう美人なのであって、よーく考えてみたら美人だったという話はないよ、というのと似ていることなのかも知れない。

 先に“官能的な快感”といったのは、つまりはそのことなのである。

 さて、誰の書いたものに限らず、耳にした旋律(含む和声)に心がたちまち奪われてしまうとき、そこに“理屈では説明のつかぬ何か”の介在を実感する場合は大いにあると思うのだが、そうした“素敵なメロディ”が書ける書けぬという能力には、努力や勉強では賄いきれぬ部分のあるのも事実。こればっかりは天賦の才によるところが大きい。

『ダンシング・セブンティーン』ジ・オックス

 筒美京平にはこれが備わっていた。

 すなわち“天才”である。

 その紡ぎ出すいちいちの旋律の、我々の琴線に触れずには居られぬことについて、後付けの理屈や分析も決して不可能ではないのだろうが、あれだけのヒット作品を生涯にわたり量産し続けたとなると、事情はまた別だ。そこには、おそらく本人にも説明のつかぬものはあったに違いないと、私は推測するのである。

 そうしたあれこれ、折にふれ、本人から、直接色々話を聞けたのは、今となれば本当に幸せなことだった。

「僕、筒美京平さんを尊敬してるんです」

 私を京平さんに引き合わせてくださったのは、私のキングレコード所属時代の担当ディレクター、井口良佐さんだ。

 何かの折に「僕、筒美京平さんを尊敬してるんです」という話になると、井口さんはあっさりと、じゃ、今度紹介してあげるよというのである。そこで初めて、井口さんが大学で京平さんの後輩にあたり、日頃から親しくお付き合いをされていることも知ったのだが、ビートルズのバカラック風アレンジという企画も、実は井口さんのアイデアである。

 井口さんに連れられ、私は、ミックスを終えたばかりの、近田春夫&ハルヲフォンの2枚目のシングル『恋のT.P.O.』を携え、当時麻布にあった京平さんの仕事場にお邪魔をすることとなった。

『恋のTPO』近田春夫&ハルヲフォン

 この曲はいってみれば『よろしく哀愁』や『わるい誘惑』といった、郷ひろみのヒット曲のパロディ、要するに“インチキな筒美京平サウンド”になっているのだが、それを初対面の本人に聴いてもらおうというのだから、今思えば、私もホントに怖いもの知らず、いい度胸をしていたものである。

 筒美京平という人の印象は、初めての出会いの時からついぞ変わることはなかった。その素敵な笑顔、都会的に洗練された物腰の柔らかさを忘れることは一生ないと思う。

 それは、生前に京平さんと交流のあったすべての人が、談話などを通じ、表現は違えど同じ意味のことを述べているだろう。本当にその通りなのだ。