安倍首相が9月13日~15日の日程でインドを訪問している。北東アジア情勢が風雲急を告げ、また中国が拡大主義的な路線を突き進む中、日本外交におけるインドの役割は今後ますます重要になってくる。
安倍首相が首脳会談を行うのは、人口13億人の巨大国家インドを首相として引っ張るナレンドラ・モディ氏。強力なリーダーシップと大胆な政策で国内のみならず国際的にも注目を集めるモディ首相とは、どのような政治家なのか。
衝撃の高額紙幣廃止
「現在流通している500ルピー紙幣(約800円)と1000ルピー紙幣(約1600円)は、今晩零時をもって無効とする」
全世界が固唾を飲んで米国大統領選挙の結果を待っている頃、インドでは驚愕の事態が起ころうとしていた。昨年11月8日夜、2種類の高額紙幣を廃止すると発表されたのだ。テレビ演説を行ったのは、モディ首相。一言一言、区切るような口調で国民に告げた。
500ルピー札と1000ルピー札は日本なら1万円札と5千円札に相当し、両紙幣の流通量は金額ベースで全体の86%にもなる。それがあと数時間で使えなくなるというのだから、国民の間に強烈な衝撃が走った。
いったいなぜこのような措置がとられたのか。「これで反国家・反社会勢力が持っている紙幣は紙くずになる」――モディ首相はそう説明した。「ブラックマネー」と呼ばれる不正な資金の多くが現金で貯め込まれていることに着目し、テロや犯罪、汚職の温床を資金面で一掃しようというのだ。またこれを機に、現金決済が主流の経済から「キャッシュレス経済」に移行させたいというねらいもあった。
発表直後の混乱は大きかった。12月末まで移行期間が設けられ、旧札から新札への交換や銀行口座への預入、旧札が使用可能な例外の設定など緩和措置が講じられはした。しかし全国のあちこちで人びとが銀行の窓口やATMに殺到し、長蛇の列をなした。肝心の新札供給が間に合わず、ショッピングモールでは閑古鳥が鳴いた。事態を知らずにインドに来た外国人が、途方に暮れる様子も報じられた。
その混乱も次第に収束に向かい、銀行前の行列が話題になることもなくなっていった。ただ、経済への影響はその後も続いている。2017年1-3月期の成長率は前年同期比で+6.1%、4-6月期は+5.7%に落ち込んだ。同年7月に導入された全国統一の間接税の影響が加わり、7-9月期も大幅な回復は見込めない状況だ。
成長鈍化や批判を承知で高額紙幣廃止に踏み切ったのは、「対症療法」ではなく大胆な「外科手術」をするなら経済が好調な今しかないという判断があったのだろう。国際通貨基金(IMF)がインドの成長率について17年は+7.2%、18年は+7.7%と予測しているように、経済のファンダメンタルズが良好なことも自信になったにちがいない。
高額紙幣の廃止は、ハーバード大学の著名な経済学者ケネス・ロゴフ教授が主張するなど昨今にわかに注目が高まっているが、理屈ではわかってもいざ実践するとなるとハードルがかなり高い。それを断行し――しかもインドという巨大国家で――、ひとまず軟着陸させたモディ首相の手腕には目を見張るものがある。