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自殺者の出ている入管に説明なく移送する

 クスノキのもう一つの懸念は東日本センターでこの年の4月にあったインド人男性の自殺だった。

「自殺もしているだろ、今年。ちゃんと答えてよ」。クスノキは立て続けに質した。

「それは今関係ない。あなたを茨城に移動する話。話はもう終わり」。職員にクスノキと話をする気はなかった。

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「なんで答えない?」

「いまはそういう話をする場ではないから」

「自殺するところに行かせようとしているんだから、なんで「話をする場じゃない」となる?一人死んだだろう?なんでそういうところに行かせるんだ?」

「静かにしてください」。クスノキの問いかけに職員が向き合うことはない。制圧が終わると、職員はクスノキを護送車に乗せ、東日本センターへ連行した。

 東日本センターは茨城県牛久市久野町にある。クスノキの懸念どおり、東京から行くのはそう容易ではない。JR上野駅(東京都台東区)から常磐線で1時間、牛久駅で降車した後にバスに乗り30分。さらに10分程度歩くと、雑木林や畑に囲まれる一角に入管施設が目に入る。老朽化した横浜入国者収容所の機能が移る形で、1993年12月に開所した。現在の収容定員は700人。

制圧による怪我で満足に動かせなくなった左腕

 東日本センターに到着した翌日、肩の痛みを訴えたクスノキは庁内の医師の診察を受け、左腱板損傷と診断された。腱板は肩甲骨と上腕骨をつなぐ筋肉で、その損傷は力士や野球選手らスポーツ選手に多く発生するけがだ。職員が無理やり後ろ手に手錠を掛けた際、クスノキの肩に相当強い力が加えられた可能性が窺える。十分なリハビリができる環境にはなく、クスノキは現在も左腕を自由に動かせない。

「制圧中、本当に息苦しくて死ぬかと思いました。自分はただ、なんで茨城に移動するのか、その理由が知りたかった。面会に来てくれる友達はみんな東京に住んでいます。入管にとってはどうでもいいことでしょうが、自分にとっては収容場所が東京か茨城かは大きな問題でした。茨城では自殺者もいて、恐怖心もありました。茨城に行く理由をきちんと説明してほしかった。「話をするまでは行きたくない」と職員に言いましたが、「説明の必要はない」の一点張りで、制圧です。こんなことまでする必要はあるのでしょうか」

©iStock.com

 クスノキは2019年9月、面会に訪れた筆者を前に、唇をかんだ。

「庁内の診察で、医師は「外の病院に行くべきだ」と言いました。だから、その内容を診療情報提供書として書いてほしいと訴えましたが、同席した職員に「そういうことを要求してはいけない」とさえぎられたんです。今も左腕をうまく動かせません。誰かがリハビリの方法を教えてくれるわけでもありません。自分の身体が元に戻るかどうかわからないのが一番心配です」

 クスノキは2019年8月、「不必要な制圧で、違法な暴行だ」として、国に500万円の損害賠償を求め、東京地裁に提訴した。