数千人の乗客たちは船を降りると大慌てで大型バスに乗り込んで目当てのイベントや観光地に向かい、目的を果たすと大慌てで船に戻って去って行く……。現在、さまざまな地域が取り組んでいる滞在型観光とは程遠い観光スタイルである。しかし、それがクルーズ船観光の実態なのだ。
巨大なクルーズ船が港にやってきて観光客が一度に何千人も押しかける……。一見、景気の良い光景にも見えるのだが、彼らを受け入れる地域への経済効果はその見た目の印象よりもはるかに小さい。
筆者も九州や紀伊半島などでクルーズ船の寄港受け入れを進めているいくつかの地域で聞き取りを行ってきたが、それが地域にもたらす直接的な利益という点ではそれほど期待していないという声、そしてその利益が受け入れコストに見合ったものになるのかと心配する声も多く聞かれた。
インバウンドブームで地方創生だといっても、すでに多くの成否の先例があるなか、もうずいぶん前から地方もそれほど甘い夢ばかりは見ていなかったというのが実際のところであろう。
観光立国のシンボルが「観光の終わり」のシンボルに
では、なぜそれでも各地域はクルーズ船受け入れを拡大してきたのだろうか。
2016年に政府の策定した「明日の日本を支える観光ビジョン」においては金看板である「2020年に訪日客4000万人」という政策目標とともに「2020年に訪日クルーズ旅客500万人」という目標が掲げられていた。しかし、その前年である2015年の訪日クルーズ旅客は過去最高を記録したといえど111・6万人にすぎなかったのだ。つまりクルーズ船観光の急速な拡大は、重要な国策だったのである。
しかし、政府が掲げた「2020年に訪日クルーズ旅客500万人」という性急な目標を達成するためには2015年の4倍以上のクルーズ船受け入れが必要となる。これに向けて国土交通省は自治体とともにハード・ソフト両面において国際的クルーズ船社優先の港湾整備を加速させ、「列島のクルーズアイランド化」を進めてきた。
この「列島のクルーズアイランド化」という方針はたしかに訪日外国人旅行者数や訪日クルーズ旅客数という国の目標達成に貢献するものであったかもしれない。しかし、果たしてそれは誰の利益となるものだったのだろうか。そして、そのツケを支払うのはいったい誰なのだろうか。
いずれにせよ政府は観光客を満載する巨大なクルーズ船こそ、観光立国・日本の新しいシンボルへと育てたかったのかもしれない。しかし不運なことに、それはこれまで見過ごされていた観光の持つ公衆衛生上のリスクを世界に印象づけ、観光を「終わらせた」コロナ禍の始まりのシンボルとして人々の記憶に刻まれることになってしまったのである。
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