兪氏の夫は保守野党の元議員で、兪氏自身も朴槿恵政権時代に報道官を務めた経歴がある。現政権下では官僚として出世が望めず兪氏は辞表を提出したが、「人物本位」の人事を進める文氏が、逆に現職の通商交渉本部長に登用することを決断。その後、韓国による福島や茨城などの水産物輸入禁止措置を不当として日本側がWTOに提訴した問題で、兪氏の活躍が韓国側の「逆転勝訴」を実現させたというものだ。現政権の人事に対する批判をかわすのに、格好の材料となった。
一方、韓国では新型コロナウイルス対策が「世界から称賛された」として、対策の司令塔を務める疾病管理庁の女性トップを世界保健機関(WHO)の次期事務局長選に送り込む計画が取りざたされている。
国内世論への実績誇示に利用しつつ、選挙戦の「予行演習」を実施。ぼた餅が棚から転がり落ちてこない限りはスマートに「名誉ある退却」を発表する。選挙戦では、そんな戦略が練られていた。
アメリカの急転で“沼にハマった”韓国
韓国のシナリオを崩したのは、米国の異例の動きに伴う事態の急転だった。
先に述べた10月28日のWTO非公式会合で、米国は唯一、兪明希候補への支持を表明。事前の支持動向調査で態度を明らかにしなかったにもかかわらず、声明では次期WTOトップとして「必要な能力を全て持っている」(米通商代表部)と持ち上げた。同時に、裏側では兪氏が勝手に辞退しないよう、韓国側にクギを刺したという。
「われわれがレースから撤退したくても、撤退させてもらえなくなったということか」。報道番組のアンカーは、そう言って頭を抱えた。韓国政府が選挙戦を継続する意向を明らかにしても、もはや字面通りに受け止められることはなかった。
「逆転が困難な状況で、結果に承服せず選出手続きを遅らせれば、ほかの国々からにらまれる」(朝鮮日報)。国際社会で肩身の狭い思いをすることを懸念する声も上がるが、米国の威を借りて勝利に固執することのデメリットはそれにとどまらない。
最大の懸念は、米中対立の渦中に身を投じる格好となることだ。米国が「拒否権」を行使してまでオコンジョイウェアラ氏の選出に反対するのは、投資拡大によりアフリカでの中国の影響力が強まっていることが背景にある。
アフリカ出身者を起用すれば、通商交渉における中国の存在感は否応なく高まる。新型コロナウイルスの感染が中国から急速に広がった今年1月当時、エチオピア出身のWHO事務局長、テドロス氏が「中国寄り」の姿勢を示し、緊急事態宣言の発出に二の足を踏んだことも記憶に新しい。
これに対し、文在寅政権は「安全保障は米国、経済は中国」の“天秤”を外交の根幹とする。通商交渉の中心地で、米国ののれんを掲げて商売をするのはどうにか避けたいのが実情だ。