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「これからは休みはない。月月火水木金金だ」 福島1F“百機タンク”設置作業は「灼熱地獄」

『ヤクザと原発 福島第一潜入記』より#15

2020/11/22

source : 文春文庫

genre : ライフ, 社会, 読書, ライフスタイル

 30年近くヤクザを取材してきたジャーナリストの鈴木智彦氏は、あるとき原発と暴力団には接点があることを知る。そして2011年3月11日、東日本大震災が発生し、鈴木氏は福島第一原発(1F)に潜入取材することを決めた。7月中旬、1F勤務した様子を『ヤクザと原発 福島第一潜入記』(文春文庫)より、一部を転載する。(全2回の1回目/後編に続く)

汚染水で被曝

 サリーの作業はいよいよ本番を迎えつつあった。相変わらず私の仕事は掃除と熟練工の補助である。

「おい、バンセンもって来い!」

 しかし、そのバンセンがなにか分からない。

 素直に訊けばいいのだが、一応、鳶職経験者ということになっているので、「バンセンってなんですか?」とは言えない。仕方ないので他の会社の人間に「バンセン余ってたら分けてもらえますか」と頼んだ。渡されたのは強固な針金をトングのような形に折り曲げたものだった。 

 その他、スコッチ・ブライト、キムタオルなど、初めて聞く道具ばかりで、そのたびごとにテンパった。助けてくれたのは、九州の大牟田(おおむた)・荒尾(あらお)から来ていた下請け作業員たちで、抗争事件の取材でよく通った場所だけに、休み時間にはよく地元の人気店や居酒屋などの話で盛り上がった。

※写真はイメージ ©iStock.com

「そういえば、わし、鈴木さんの姿をみたことあるばい。○○鉄工所で働いとったろ? タバコ吸うときそこにいた……思い出した」

 そんな事実はもちろんない。私が九州に出かけるのは、暴力団の取材をするときだけだ。ど素人ではあっても、労働者の雰囲気が身についてきた証明と感じた。完全な勘違いだが嬉しかった。