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2020/11/22

source : 文春文庫

genre : ライフ, 社会, 読書, ライフスタイル

「絶対やばいと思った。(APDを)置いていってよかった」

 が、彼の努力は報われなかった。この日の作業でフクシマ50のメンバーや多くの熟練工など、初期の段階から1F入りしていた作業員のかなりが被曝限度を超え、翌日から現場に入れなくなったのだ。APDを置いて行った彼もその1人だった。私に八つ当たりされた責任者もまた現場を離れることになった。

百機タンク

 努めて目立たぬよう努力していた私は、翌日からその努力を放棄し、撮影に専念した。無意味な作業である以上、命令に従う必要はない。これまでも腕時計型カメラを使い、作業の合間に撮影はしていた。腕時計をはめている作業員はほとんどおらず、しょっちゅう時計をいじっていた私をみて、同僚たちは常に時間を気にする駄目作業員と思っていただろう。

「馬鹿野郎。時間ばっか気にしやがって。そんなに帰りたいなら辞めちまえ。仕事しろ、仕事!」

 実際のところ、腕時計カメラで撮影した時は作業の合間で、私からすれば理不尽な𠮟責である。が、熟練工の怒声を浴びるのも、使えない作業員の仕事なので割り切っていた。それに馬鹿野郎とののしられるのは、暴力団取材で慣れている。作業現場では常に怒声が飛び交い、シェルターではおとなしい人間でも人格が変貌するため、いちいち気にしていては身が持たない。

※写真はイメージ ©️iStock.com

 また作業員の多くは、現場での言動を引きずらず、作業が終われば皆あっけらかんとしている。その場で怒鳴っても、後々まで引きずることは少ない。もちろん作業員によって性格はまちまちで、ときおりねちっこい人間に当たることもあった。私の会社の下請けとして入っていたKという電気屋の親方はその筆頭で、ICレコーダーに録音された𠮟責を聞き直すと、いまだに気分が滅入る。具体的に書き出そうと思ったが、差別語のオンパレードになるため自粛する。暴力団のカマシ以上に強烈で、ライターの私でも考えつかないほど、エグい言葉を見事に操る。考え方を変えれば一種の才能で、天才的といっていい。

 サリーの作業が終わると、今度は百機タンクと呼ばれる汚染水処理タンクの設置に取りかかった。名前の由来は私の担当する部署の受け持ち分が、ちょうど100機あったことだった。プラントメーカーの会議に、なぜか私も呼ばれた。