昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

伊藤大海、根本悠楓……道産子選手がファイターズへ 苫小牧に行ってみた話

文春野球コラム 日本シリーズ2020

 実は10月の最終週、ドラフト直後の北海道へ行ったのだ。折しも札幌ドームでは本拠地最終シリーズ、木金土日のオリックス4連戦が組まれていた。もちろん僕は空港バスで札幌ドームへ直行である。10月30日(金)のナイターにすべり込む。先発は今季まだ2勝のニック・マルティネスだった。ファイターズは初回、中田翔のタイムリー等で2点先制するのだが、その話はまたいずれかの機会に。今回は試合の話ではない。

 何の話かというと翌31日、苫小牧へ行ったのだ。ご存知の方もおられるかと思うが、僕はアイスホッケーチーム、日光アイスバックスの仕事をしている。それもライターとして記事を書くだけじゃなく、「中の人」として業務に携わっている。数年前までは運営会社の取締役だった。ちょうどその週末は苫小牧で王子イーグルスと2連戦が組まれていた。大好きなファイターズとアイスバックスが一挙に見られるチャンスだ。

 が、苫小牧行きの目的はそれだけじゃなかったのだ。もっとバカ的というか、ウヒョウヒョ的な目的があった。いや、野球見てアイスホッケー見てというだけで大概バカ的&ウヒョウヒョかもしれないが、この2020年秋に関しては特別なウヒョヒョのウヒョヒョが用意されていた。

ファイターズ初めての「道産子ドラ1選手」

 2020年ドラフト会議でファイターズは1位伊藤大海(苫小牧駒澤大)、5位根本悠楓(苫小牧中央高)を指名した。苫小牧の学校から2人!! それはつまり!

 苫小牧来たーーーーーーーーー!!

苫小牧来たーーー!! ©えのきどいちろう

 おお、日本じゅうの皆さん、今こそ苫小牧だ。苫小牧に注目してください。出来たらこのどさくさにラーメンの「満龍」を復活させてください。こんなのさすがに初めてじゃないか。だって苫小牧だよ。喫茶「ヴァンカム」は店内、サザンと桑田佳祐しかかからないんだよ。まぁ、伊藤大海君は鹿部町、根本悠楓君は白老町と、正味の苫小牧出身ってわけじゃないけれど、いずれにしたって道産子球児だ。すごい。快挙である。

日本ハムに1位指名され笑顔の伊藤大海 ©時事通信社

 僕はドラフト会議の終わった夜、『ドラフト緊急生特番! お母さんありがとう』(TBS系)を見てすっかり勢いづいてしまい、地図アプリで「苫小牧駒澤大」と「苫小牧中央高」の位置を検索していた。むしょうに行ってみたい。ていうか行く。歓迎・伊藤君&根本君! 両校の校門のところに立って記念写真を撮りたい。楽しみだなー、道産子エース! ウヒョヒョのウヒョヒョー。

 というわけで31日(土)の朝、室蘭本線のディーゼルカー(1両編成)に乗って、錦岡駅に降り立ったのだ。苫小牧から3つ先の無人駅。千歳線で苫小牧には何度も来てるけど、室蘭本線は初めて乗った。錦岡は苫小牧駒澤大の最寄り駅だ。ひとつ手前の糸井駅は苫小牧中央高に近い。ディーゼルのワンマンカーに伊藤君も根本君も当然乗ったことだろう。特に根本君は沿線の白老町だ。この海沿いの景色が少年時代からの原風景だろう。

 三角屋根の錦岡駅から住宅地を抜け、てくてく苫小牧駒澤大を目指す。苫小牧駒澤大は来春から名称が変わり「北洋大」になるそうだ。地図アプリに道案内してもらいながら、じゃ「苫小牧駒澤大」最後の卒業生からファイターズのドラ1が出てよかったなぁと思う。「苫小牧駒澤大」卒業生みんなの思い出になるだろう。街路樹の赤い実がいたるところに落ちていて、避けながら歩くがどうしても踏んでしまう。どうやらこれがナナカマドらしい。僕はこれから歩道に落ちたナナカマドの赤い実を見たら伊藤大海のドラフトを思い出すだろう。晴れわたった空と北星公園で大きく伸びをした日を思い出すだろう。

苫小牧駒澤大学の正門にて。最高に嬉しいー。 ©えのきどいちろう

 伊藤大海は日米大学野球で注目を集めた剛腕だ。2018年19年と2年連続侍ジャパン大学代表に選ばれ、クローザーを任された。先発、抑えどちらも行けるらしい。早くも楽天・早川隆久(早大)と新人王争いの期待がかかる。僕が面白いなぁと思うのはその経歴だ。駒大苫小牧で2年春、甲子園に立ち、系列の東都の名門・駒澤大に進学、1年春にリーグ戦(2部)デビューしている。順風満帆。人もうらやむ野球のエリート街道だ。

 で、そのままプロのドラ1へまっしぐらかと思うとそうではない。自分は一体これでいいのかと悩む日々を過ごした。16年秋、駒澤大を中退。翌17年4月、北海道の苫小牧駒澤大に再入学する。大学野球の規定で1年間は出場停止だった。大変なまわり道である。が、何とそれが功を奏する。その試合出場のできない1年間、伊藤はランニング、体幹、ウエートと自分を鍛え抜く。球速がグンと上がった。ストレート155キロの剛腕誕生だ。

 僕は「帰巣本能」のようなイメージを持つ。ファイターズ初めての「道産子ドラ1選手」は中央の大学球界で自分を見つけられず、北海道に帰ってきた。北海道で夢を実現する力を鍛え上げた。伊藤は少年時代からファイターズのファンだった。ダルビッシュに憧れていた。これはまわり道に見えて一本道だ。道産子球児が北海道の星になる。