昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2020/11/20

「10年以上昔だ。俺は一人で売り出そうと躍起になってた青二才だった」

 では、『カリオストロの城』のルパンはどうか。

 宮崎は、制作にあたって記した「ルパン三世・演出覚書」で「バカさわぎをやって笑わせてくれるルパンは彼の光の部分。だが、その側面しか見ないとしたら、ルパンは誇大妄想の精神病者にすぎない。光をささえている影ともいうべきルパンの真情が見えたとき、ルパンをはじめて魅力ある人物として理解できる」と書いている。かつて表層的な行動の裏側に「ハングリー」を代入したのと同じように、『カリオストロの城』のルパンにもそれにふさわしい内面を見つける必要がある。

名シーンのシルエットが表紙になった『ルパン三世 カリオストロの城』ブルーレイ。このシーンの直後にもクラリスは「おじさま」と叫ぶ

『カリオストロの城』でそこに代入されたのは「中年」だった。宮崎は『カリオストロの城』制作のスタンスについて「はっきり中年の意識で作っているんですよね」(「アニメージュ」'81年1月号)と発言している。ハングリーな衝動に突き動かされた若き日は去り、金で買えるものには飽きてしまったルパン。ライターひとつとっても、使えるならば100円ライターで十分、食事もカップラーメンで構わないという実務的な男になっている。そんな中年になったルパンだから、国家ぐるみで製造される偽札・ゴート札の秘密よりも、囚われの少女クラリスを助けることのほうが大事になってしまう。

 だから『カリオストロの城』のルパンは、敵役のカリオストロ伯爵に敗れ、大けがを負った時、「10年以上昔だ。俺は一人で売り出そうと躍起になってた青二才だった」という台詞とともに、ハングリーだった『旧ルパン』の時代を「若い頃」として回想するのである。もちろんそこでルパンが乗り回しているのはベンツSSKだ。また多くの人が知っている通り、回想の中でカリオストロ城に潜入しようとするルパンの姿は、『旧ルパン』のオープニングでサーチライトをかいくぐって走る姿そっくりに描かれている。

シネマコミック ルパン三世 カリオストロの城』(文春コミックTwitterより)

 こうして緑のジャケットを選んだことによって、『旧ルパン』と『カリオストロの城』のルパンが、ひとりの人間の青年時代とその後という形で、ひとつながりのキャラクターとして観客の中に浮かび上がってくるのである。つまり、もう若くないルパンが、青年時代の落とし前をつけに再びカリオストロ城の「ゴート札」に挑もうとした姿を描いた作品が『カリオストロの城』ということになる。

 そして青年時代の“借り”を返した男は、自分が中年になったことを受け入れていく。ルパンが中年になった瞬間。それは助け出した、少女クラリスを抱きしめようとして、それをこらえるあの瞬間だ。抱きしめたい気持ちをこらえながら、やせがまんをすることでルパンは中年になっていく。そこでは青年の本音を中年の自意識が押さえ込んでいる。あそこでルパンは名実共に自分が中年であることを受け入れ、そして映画は「完」のクレジットとともに、一抹の寂しさを残して締めくくられる。

1997年にはルパン役を栗田貫一氏が熱演してPSゲームにもなった

 ここにいるのはTVシリーズで“毎度おなじみ”となった、盗みをめぐるドタバタを演じてみせるルパンではない。ここには、ひとりの男が青年から中年へと変わる不可逆な瞬間が切り取られ描かれているのである。緑のジャケットはそんな彼の人生に寄り添うようにそこにある。普通シリーズものではそのようにキャラクターを変化させてしまうのは禁じ手である。だがその禁じ手を使ったからこそ、『カリオストロの城』は特別な作品として多くの人の記憶に刻まれたのである。

この記事の写真(6枚)

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー