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通り魔との初めての対面

 その上で、無言電話から犯行に至るまでに数日の時間があり、その間に躊躇もあったことや、犯行目的で購入した包丁と金槌を店員に怪しまれないようにと、各々まな板とドライバーを一緒に東急ハンズで購入していることから、正常な判断は期待できた、責任能力は問えると判断したのだ。

 判決の言い渡される前日、ぼくは東京拘置所にいた。

 そこで、はじめて文通を交わしてきた通り魔と対面した。

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「あ、どうも、初めまして……。こんにちは……」

 透明なガラス板が張り巡らされた向こうで、どこか照れくさそうに、それでいて親しみを込めた笑みをこちらに向けている。

 はじめてみる笑顔だった。

 法廷では、あんな顔を見ることも、手紙の中のように饒舌に語ることもなかった。

 それが、何の意味も、脈絡のないものであったとしても、だった。

「また、手紙を書いていいですか」

 彼は面会の最後にそう言った。構わない、とぼくは答えた。すると彼は安心したように微笑んでみせる。

 この笑顔で無差別に人を刺したのだろうか。

 あの日あの時、池袋の東急ハンズの前に、ぼくが立っていたのだとしたら、きっと彼は何の躊躇いもなく、ぼくを刺していたことだろう。

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 案の定、翌日の判決公判では、どこか緊張にも似た、落ち着きの無さを露呈していた。不自然に首を振ったり、顔を拭ったり、頭を掻いたり、肩を回したり……。やがて、その理由から言い渡された判決は、最後に主文を述べた。

「被告人を、死刑に処す」

 その瞬間も、造田は表情を変えることはなかった。

 それからしばらくして、東京拘置所の彼から手紙が届いた。

 死刑判決に触れることはなく、取り留めのない短い手紙だった。

 そこにはいつものようにこうあった。

 【この手紙は私の思った事を適当に書いただけなので深刻に考えないで下さい。】

 それが通り魔からの最後の手紙となった。

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青沼 陽一郎

文藝春秋

2009年7月20日 発売