予想外の所から現れた代理人の“ライバル”
ところが最近、まったく予期しなかったところから、彼らの権力を脅かす存在が現れてきた。
それは人工知能――AIがついにサッカー界でも実用化されつつあり、「仲介者」の存在意義が揺らぎ始めたのだ。
きっかけは2012年7月、物理学の博士号を持つイアン・グラハムがリバプールのリサーチ部門責任者に就任したことだった。
グラハムはカーディフ大学卒業後、ケンブリッジ大学で物理学の博士号を取り、「統計的場の理論」を使った高分子の研究を続けていた。
だが、あるときサッカーコンサルタント会社の研究員の募集を見つけ、学んだ知識をサッカーに応用することを思いつく。そうしてロンドンタイムズへのデータ提供や、獲得候補選手について意見を求められるトッテナムへのコンサルタント業務など、7年間研究員として活躍し、ついにリバプールからヘッドハンティングされたのだ。
この採用の裏には、リバプールが2010年秋にMLBのボストン・レッドソックスの親会社「フェンウェイ・スポーツ・グループ」に買収されたことがある。彼らは大リーグで一世を風靡した“マネー・ボール”のようなデータ利用を、サッカーでやりたいと考えていたのだ。
天文物理学博士、チェス王者、素粒子物理学者も合流
グラハムはリバプールのリサーチ部門責任者に就任すると、すぐにカーディフ大学の同期であるティム・ワスケットを呼び寄せた。ワスケットは天文物理学の博士号を取得後、エネルギー会社でガスや電気の需要を天候から予測する確率モデルを開発しており、プログラミングに秀でていた。
1年後にはチェスのジュニア年代王者で、リーマン・ブラザーズ退職後にアムステルダム大学で金融数学の修士号を取ったダフィッド・スティーレが加入。こちらは統計のプロだ。
そして2018年3月、のちに「リバプールの秘密兵器」と呼ばれる革命児がリサーチ部門にやって来る。
ウイリアム・スピアマン。
ハーバード大学の大学院で素粒子物理学を専攻し、学生研究員としてCERN(欧州原子核研究機構)でヒッグス粒子の測定チームに加わった経験がある。博士号を取得後、映像分析ツールやクラウド共有システムを提供する米企業「Hudl」に就職し、サッカーの研究に目覚めた。
その結果生まれたのが「ピッチ・コントロール」と呼ばれるモデルだ。