怪物のような「火山」
〈茂さんはドタドタと階下に駆け下りました。私も、なにが何だかわからずに彼につられて階下に下りました。庭へ出たとき茂さんがママの家の前にいるのが見えました。開け放たれた扉から、真っ赤な何かがみえました。
あれは、なに? 真っ赤なものは、まるで怪物のように母屋の中を暴れまわっています。あれは、そう火です。すごい勢いの炎です! パパとママはどこ?彼らの姿が庭にないとするならば、きっとあの家の中だ! どうすればいいの? 私は一瞬のうちに全身の血の気が引いて頭の中が真っ白になりました。
それから私はなにをしたのでしょう。今、思い出せるのは近所の若くてきれいなお嫁さんが、倉庫の前に立っていた私のそばに寄り添っていてくれたことです。残念ながら、今も、そのお嫁さんの名前も知りません。私の身体の表側は火にあぶられて焦げそうに熱かったのですが、背中側は冬の寒さと、目の前の光景に凍えていました。そして、全身がぶるぶる震えて、止めることが出来ませんでした。
消防車が耳障りな音をたてて遠くのほうから、だんだんと近づいてきました。やがてサイレンは私の耳をつんざくかのようにして真っ白になった私の脳裏へと無遠慮に入ってきます。私の脳裏には号泣のようなサイレンの音が突き刺さり、震える私の心を引き裂きました。しかし、消防車など目の前で暴れる「火山」に対しては非力でまるでおもちゃのようです。水をかけられても、火は煙をまき散らすだけで他の場所に移り、再び燃え上がります。炎は舌のように家のあらゆるところを舐め回し、ますます貪欲になっていきます。そしてついに、怪獣の咆哮のような叫びを上げ、家を、義父を義母を一飲みにしていったのです。〉