昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

少年ジャンプ的なアツい展開も… 「心霊ドキュメンタリー」界隈が、いま“祭り”状態のワケ

『心霊マスターテープ2 ~念写~』寺内康太郎監督インタビュー

2020/11/21

――本シリーズは、異なるメーカー同士の作品に登場する監督たちをコラボさせたことや、同ジャンルでは珍しく“フィクション”と銘打ったことも話題になりました。どのようにして実現に至ったのか非常に気になるところです。

寺内 これは“奇跡”の連続でした。先に説明した経緯もあり、制作を決意してから数年経ってしまった頃に、放送局のエンタメ~テレさんの担当者さんと会うことがあり、その方が僕とほぼ同じアイディアを持っていて、すぐ制作のオファーを頂いたんです。

 そのときに、オリジナルドラマを作りたいという局の意向に則る形で“フィクション”というスタイルになりました。ここには、ビジネス的な挑戦として“心霊ドキュメンタリーを広く見せる”意図もあり、ドラマという媒体にはそれを叶えてくれる期待があったんです。

 実際に動き出してからは、台本を書きながらコラボ実現に向け各メーカーを駆けずり回る日々でしたね。企画段階で、親交のあった岩澤宏樹監督、古賀奏一郎監督、福田陽平監督は協力を約束してくれましたが、問題は彼らが登場する作品を手掛けるメーカーです。本作が通常の心霊DVDメーカー制作であれば、当然ライバル社同士なので実現は不可能だったと思います。

 ただ、幸運なことに本作はその利害関係外のCSチャンネル制作だったわけです。最初に心霊メーカー界の雄・アムモ98さんから快く協力OKのお返事をいただけたので、アムモ98さん制作の作品を演出している岩澤監督、古賀監督は「ゲット!」できました。

演出補から演出に上り詰めた、心霊界屈指の実力派・岩澤宏樹監督

 その後、繋がりのなかった若手ホープの谷口猛監督が、熱意の一致で参戦してくれたことなどを経ながら、2ヶ月ほどかけて各メーカーさんを口説き落としました。

 最後の難関は、“心霊ドキュメンタリーの始祖”である中村義洋監督です。中村監督には物語の根幹に関わる役柄を想定していましたが、各メーカーさんを押さえるまで声はかけず、最悪ダメなら似た人で代役だ! と最後に玉砕覚悟でお声がけしたところ、「フィクションならいいよ」と出演を快諾してくれました。このときは家で両手両足を大の字に広げて喜びましたね(笑)。