昭和の会社では、入社すると自分の机の上に名刺と一緒にネーム印「シヤチハタ」が置いてあった。朱肉やスタンプ台は必要なし、10年たってもキャップをとってポンと押すだけでOKの不思議なハンコだ。

 河野太郎行革大臣が「脱ハンコ」を言い出したとき、とっさに「シヤチハタは大丈夫だろうか?」と思った人も多いのではないだろうか。

「シヤチハタはハンコの会社ではありません」

「『シヤチハタさんは大丈夫ですか?』と何度か尋ねられました。ありがたいことに『ハンコといえばシヤチハタ』と思われている方もたくさんいらっしゃるようなのですが、正確にいうとシヤチハタはハンコの会社ではありません。

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 弊社が主に取り扱っているのは、インキ浸透式のネーム印や、日付を押すデート印、オーダーメイドで作る住所スタンプ、それからスタンプ台や朱肉。印章、つまり朱肉をつけて押印する硬いハンコは製造していないんです」

ハンコ文化はなくなる?

 そう語るのは舟橋正剛社長。

 もともと行政手続きでは「シヤチハタ不可」が一般的なので、役所などで押印廃止となっても、すぐに大きな打撃をうけるわけではないという。ただ、「脱ハンコ」はいずれ民間へと波及するので今後、紙にハンコを押す行為自体が減り、ネーム印やスタンプを使う場面は減っていくだろう。

25年前にデジタル分野に進出していた

「いつかハンコがいらなくなるのではと、私たちは危惧していました。デジタル化とペーパーレスは90年代から叫ばれていましたし、実際、朱肉はこの10年、じりじりと売上を減らしています」

 しかし、シヤチハタは「ハンコ消滅」という未来を手をこまねいて見ていたわけではない。実は早くも25年前にシヤチハタはデジタル分野に進出している。ちょうど「Windows95」が発売されて日本中がこれからはパソコンの時代だ、と確信したあの年だ。

河野太郎行革大臣 ©文藝春秋

「父の舟橋紳吉郎が社長を務め、私はまだ入社していない頃です。

 父はデジタル化の波を感じ、シヤチハタで何ができるかと模索した結果、『これからはパソコンのなかで決裁する時代だ』と社内ネットワーク上で電子文書に押す承認印のサービスを開始しました。電子印鑑システム『パソコン決裁』です。

 現在はタブレット端末やスマホでも使えてOSを選ばないクラウド捺印サービスに発展しています。ユーザーは、パソコンで作成した稟議申請書や見積書、注文書といった電子文書にクラウド上で印影データを加えることができます。ただの印影データと違うのは、コピーされないように個々の“認証情報”が組み込まれている点です」