松永と結婚できるかも知れないという期待
本性を隠して接していた当時の松永は、緒方に対する気遣いを欠かさなかったようだ。公判における、緒方弁護団の最終弁論には以下のような箇所がある。
〈松永は緒方にバッグ、財布、宝石など高価なプレゼントを贈り、同年(82年)2月(※原文ママ、実際は1月)に結婚したばかりの妻とはうまく行っておらず離婚するつもりだと出任せを言い、緒方をして松永と結婚できるかも知れないという期待を抱かせるような態度を取った。
そして、2人が付き合っていることを極力秘密にさせた〉
この時期の松永の狙いは、緒方家の財産であったことが後に明らかになっている。検察側の論告書はこう断言する。
〈松永は、昭和57年ころに緒方と交際を開始した当初から、緒方家の財産を狙っていたことが認められる〉
さらに、同論告書には次のようなくだりもあった。
〈松永は、緒方との交際開始後間もない時期から、比較的広い農地を所有し、地元でも資産家として知られていた緒方家の資産状況を緒方から巧みに聞き出すなどしていた〉
最初に電話をかけた段階でそうだったのか否かは不明だが、ある時期から松永は、明確な目的を持って緒方に接近し、籠絡することを考えていたのである。
そして恋愛経験に乏しい緒方は、松永の甘言に搦めとられてしまった。それからも体を重ねていくに従って、ますます松永にのめり込んでいってしまう。
音楽が好きな女性の気を引くために
松永と緒方が関係を持って2カ月後となる82年のクリスマスイブ。松永は久留米市にあるホールを借り切って、コンサートを開いた。「ワールド音楽事業部主催『すいみつとう』フォークコンサート」という名で開かれたそのコンサートの主役は松永。えんじ色のラメ入りスーツを着た彼がボーカルを務め、ワールドの従業員がバックの楽器を演奏した。従業員はみな、松永の思いつきで楽器の練習をやらされていた。
約1100人が収容できるこのホールにやってきた客は50人ほど。そこには松永の子どもを身ごもっている妻・ジュンコさんや、緒方もいた。また、ふたりとは別に、松永が狙っていた女性もそこにいたといわれている。音楽が好きなその女性の気を引くために、松永はバンドをやっていると口から出まかせを言い、わざわざコンサートを開催したというのだ。
松永が歌った曲はフォークソングだったが、絶叫するような歌い方。曲を歌い終えるたびに満足気な表情で観客席へ手を振り、喜びを声にしていたという。数百万円かかった音響機器や楽器、ホールの使用料はすべて松永の持ち出し。ワールドの売り上げが良かった時期だからこその大盤振る舞いだったといえる。