「運命」という二文字は古今東西、あらゆる人間の関心事。
人は運命とどう向き合って、理解し、受け入れようとしてきたのか。
それを西洋近代絵画から読み取ろうという書物が刊行された。
「恐怖と同じく、運命や宿命に強く惹きつけられるのは人の常。だからこそ芸術における普遍的テーマとなってきたのであり、絵画もまた例外ではありません。画家がどんな工夫をこらして『運命』を描いたかに着目し、さらなる絵の魅力に気付いてもらえればと思っています」
そう話してくれたのは、著者の中野京子さん。中野さんといえば「怖い絵」「名画の謎」といった人気シリーズでおなじみだが、運命をテーマに据えた今シリーズもすでに3冊目を数える。
「でも、運命なんてかたちのないものを、絵に描くってどういうこと?」
と不思議に思う向きもあろう。ここは実例を見てもらうのがいちばん。
彼が運命を招き入れた瞬間
たとえば本書の表紙にも使われている、ダヴィッド作『マラーの死』。
「フランス革命の大立者ジャン・ポール・マラーが自宅の風呂場で、反対勢力の女性シャルロット・コルデーに暗殺された場面を描いてあります。
マラーはこのとき、助力を乞うてきたシャルロットがプライベートな空間に立ち入ることを、みずから許してしまった。
彼が運命を招き入れた瞬間です。
個人的な『運命のとき』であるとともに、歴史の転換点ともなったワンシーンを、フランス新古典主義を代表する画家ダヴィッドが劇的な絵に仕立てたのです」
なるほど運命という目には見えぬものを、画家たちは古来、あの手この手で描き留めてきたわけだ。