死者の顔を石膏などで型取りをして作成するデスマスク――。日本人には馴染みのないものだけに、実際にはどのようなもので、どのように作られるかについて、知っている人はほとんどいないだろう。

 実は日本でただ1人、一般の顧客を相手にデスマスクを作り続けている職人がいる。千葉県に住む権藤俊男さん(67)だ。

 権藤さんは、なぜデスマスクを作り始めたのか。そして、どんな顧客がデスマスク作成を依頼するのであろうか。

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権藤さんが作成したマスク(写真はライフマスク、筆者撮影)

夏目漱石のデスマスクも実在

 デスマスクはそもそも、写真や映像が普及する前に、欧米を中心に多く残されてきた。日本でも著名人のもの、たとえば犬養毅や夏目漱石のものが保管されている。

 その用途は様々で、死者を弔う目的のものが圧倒的に多いが、それ以外にも芸術品や法医学的な見地から作られたものもあるといわれている。

 デスマスクに私が興味を持ったのは15年ほど前だ。戦前の映画監督である山中貞雄の取材でのアクシデントがきっかけだった。その時、私は山中のデスマスクを所蔵しているとされる博物館を訪れたのだが、目の前に出されたデスマスクは、どう見ても別人。その後、箱の記載などを検討した結果、山中と同時代の映画監督、村田実のものと取り違えられたことがわかった。

 そんな出来事から私は妙にデスマスクが気になり出して、写真とも彫刻とも違う何か――いわば時を超えた存在とでもいえようか、不気味だが、妙に哲学的なところに惹かれていった。そして、日本に残るデスマスクを調査する過程で、日本でもデスマスクを作っている人物がいることを知ったのだ。

なぜデスマスクを作り始めたのか

 権藤さんが、デスマスク製作専門の工房「工房スカラベ」を構えて約5年。実際にその工房を訪ねると、千葉市内の閑静な住宅街の一角、権藤さんの自宅に隣接する小さな離れにあった。

 この6畳ほどの小さなスペースは、学校の美術室をコンパクトにしたようなつくりだった。中には大きな作業机がひとつと工具などを収納するスチールの棚、そして石膏の立体像が数体置かれていた。この場所で、これまでデスマスクを製作してきた。

権藤さん(筆者撮影)

 日本唯一のデスマスク職人という肩書きから、気難しい芸術家気質の人を思い浮かべていたが、実際の権藤さんは、至って普通の初老の男性。子どもは独立し、現在は奥さんと2人暮らしだという。

 そもそも、なぜ日本では馴染みのないデスマスク職人になろうと思ったのだろうか。