「顔だけではなく、手首や足も作ってほしい」
Aさんの「精神的な助け」という言葉を聞いて思い出したのが、権藤さんから聞いた、50代の女性の利用者のことだ。
その女性は母親と2人暮らしで、亡くなった母親のデスマスク製作の依頼をしてきた。権藤さんが母親の遺体が置かれたマンションで、いざ作業を始めると、こう要望したという。
「顔だけではなく、手首や足も作ってほしい」
これには権藤さんも驚いたが、生きている人にとって亡くなった人への想いは、他人には計り知れないことを再認識して、可能な限り要望に応えたという。権藤さんは、次のように話す。
「友達からは『いまどき3Dのスキャナーとプリンタを使えば、立体化も可能ではないか』と言われたこともある。でも、それはできない。亡くなった方の娘さんや息子さんは、お母さんの顔をずっと毎日毎日見てきたわけですから、どこがどう違うか感覚的にでもわかってしまう。一本のしわでもあるとないとでは大きな違いがあります。
いま日本では、年間に140万人ぐらいの方が亡くなっている。潜在的にデスマスクを残したい人はいるのではないでしょうか。結果として、残された家族が癒されるのであればいい。最近では、遺骨をダイヤモンドにして持ち歩く人もいるそうですが、同じように、1つの方法としてデスマスクのことが広く知られれば、これからの時代も需要があると思っています」
これは欧米に比べ火葬が多い、今の日本人の死生観にも繋がることかもしれないが、デスマスクに興味を持った私でも、近親者の誰かが亡くなった時に、デスマスクを作ってほしいかといえば、まだ、ためらってしまう。正直にその気持ちを権藤さんに伝えると、少し困ったような表情を浮かべながら、次のように話した。
「それはしょうがないですよ。気味が悪いと思う人がいても仕方がありません。将来的に依頼者の身に何かがあれば、デスマスクが他の親族らの手に渡ることも想定されます。その人がどう思うかは分かりませんが、もし廃棄を希望するようであれば、私が『お焚き上げ』をして、丁寧に供養したいとも思っているんです」
いま報道では、葬儀業界にも新型コロナウイルスの影響が出ていると言われている。権藤さんの元には以前と変わらず、デスマスク製作の依頼が来ているが、この状況を鑑みて、依頼を断らざるを得ないケースもあるという。