戻っているように見えて、現実はそうでもない
考えてもみれば、都心の賃料の高いオフィスを縮小して浮いた分の賃料を社員の福利厚生に振り替えたほうが、社員の満足度も上がるのであれば、今までの都心一辺倒の価値観は今後おおいに変わるかもしれないのだ。
それでも大手ビルオーナーの首脳はこう言うかもしれない。
「そうした動きができるのはごく一部にすぎない。仕事にやはりオフィスは必要だ。事実、すでに通勤電車もほぼコロナ前の状態に戻っているじゃないか」
たしかに緊急事態宣言時のガラガラだった電車に通勤客は戻り始めている。だが完全に戻ったわけでもない。シフトで週2回しか通勤しない社員もいる。通勤定期をやめて実額精算に切り替える会社も出始めた。会社役員でも軽井沢の別荘で仕事を続けている人はごく普通にいる。
戻っているように見えて、現実はそうでもないのだ。変化とはちょっとした小さな穴から始まる。日本総研が2020年5月に、都内の全就業者の1割がテレワークを実施する状態になれば、都心部のオフィス空室率は15%に跳ね上がると発表した。当時はずいぶん荒唐無稽な予測だと一部から批判はあったが、たしかに都心オフィスで働くワーカーの数が1割減れば、その分のオフィス面積を減らそうと考えるのは自然な流れだ。ソーシャルディスタンスを保たなければならないからオフィス床を借り増しする動きが出る、などというお花畑な議論もあるが、それこそコロナ禍が一過性である限り、聡明な企業経営者はその考えを持つことは少なそうだ。
1割がテレワークを「普通の働き方」として定着させたら
実際に通勤電車は元通りなのではなく、やはり少なくとも1割程度は減っているようだ。たかが1割と思うかもしれないが、日本総研が予測するように1割が行動を変える、しかも一過性ではなく、テレワークを「普通の働き方」として定着させてしまうことはオフィスマーケットには甚大な影響を及ぼすことになるのだ。
さらには、新しい流れに最初から乗る企業もあるが、様子を見てから「いいね」と思って行動を起こす企業のほうが実際には多い。この動きが2割あるいは3割などとなってしまえば、これは大変動になってしまうのだ。1割だって3割だって世の中全体からみれば少数派だ。だがその動きは現状のオフィスマーケットを大崩壊させることにもつながることには注意しなければならない。
東京都心では2023年にオフィス大量供給時代を控えている。日本一の高層ビルが建つ常盤橋をはじめ八重洲、虎ノ門、神谷町など計画は目白押しだ。そのころには景気は回復しているかもしれないが、さて人々の働き方の自由化はどこまで進んでいることだろうか。オフィスのあり方も含め大変革の時代がやってくるのである。