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――洋服のAOKIも約半年でサブスクサービスから撤退しましたね。

楠木 AOKIはAOKIでそれまでに練り上げてきた独自のスーツのビジネスがあるわけで、サブスクはその文脈にうまくはまらなかった。「ステーキにタバスコをきかせたらぐっと美味しくなった」と聞いて、松茸の土瓶蒸にタバスコをふりかけるようなもの。そもそも服のサブスクサービスはソフトウェアと異なり、選んでオーダーして箱で送られてきたものをまた箱詰めして返すとか、利用そのもののハードルがわりと高い。

 GMやBMWも失敗しました。月にいくら払うとそのメーカーの車が乗り放題というサービスは、昔からある車の割賦販売とかなり性格が似ています。それなら分割払いが終わったあと完全な自分の所有物になるほうがいいと考える人が多くても不思議ではありません。

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 つまるところ、成功事例の背景のある「戦略ストーリー」を正しく理解しなければ本質的な知見を得られないのです。

©️山元茂樹/文藝春秋

Netflixが成した戦略の蓄積

――具体的にはどういうことでしょうか。

楠木 例えばNetflix。「デジタル大魔王」のような現在の完成された姿だけを見ても、その強さの本質は理解できません。1997年に創業したNetflixは当初の10年間、DVDの郵便レンタルサービス屋でした。アメリカ最大のDVDレンタルチェーンブロックバスターと仁義なき戦いを繰り広げていました。規模において圧倒的な差があり、新作の品揃えで負けてしまうブロックバスターに対抗して、旧作へのユーザーの誘導はNetflixの死活問題でした。つまり、新作を大量に仕入れられる資金力がないため、なんとかユーザーの需要を旧作に向けて平準化する必要に迫られていた。

「徹底的に顧客の注文のデータをとって好みを分析し、その人の趣味・嗜好にあうコンテンツをレコメンドしていく」――これがNetflixの戦略の至上命題でした。いつでもどこでも好みのコンテンツを簡便に提供するために、顧客の嗜好を徹底分析し、レコメンドする。この戦略の蓄積がネット配信事業においても圧倒的な競争優位として働いたのです。つまり、昨日今日で、ビッグデータだAIだと飛びついている会社とはわけが違う。時間的な奥行きをもって戦略ストーリーを理解する必要があります。戦略ストーリーの文脈の中にビッグデータの活用やサブスクリプションがあり、現在の成功が導かれているんです。