サブスクリプションをはじめ、ビジネスシーンにおける“飛び道具トラップ”の危うさに警鐘を鳴らす、楠木建著『逆・タイムマシン経営論』(共著)が話題を呼んでいる。競争戦略論の第一人者が「ファクトフルネス」ならぬ「パストフルネス」で、過去の事例を武器にする知的方法を説く。
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ノイズが洗い流されてロジックがクリアに
――近年、サブスクリプションは収益性改善の切り札として多くの企業が取り組もうとしてきましたが、なぜこれほど失敗が後をたたないのでしょうか。
楠木 サブスクは、SIS(戦略情報システム)、AI(人工知能)、DX(デジタルトランスフォーメーション)などと同じように、同時代に流行するバズワードの1つです。バズワードになるような「最新のITツール」「先端の経営手法」は、私が「飛び道具トラップ」と呼ぶ経営判断の錯誤をしばしば招きます。
過去の新聞・雑誌を読み返してみると「この時代はこんなことを大真面目に言っていたのか」と、今から考えると非常に的外れな議論を多く目撃します。つまり、流行りのキーワードには同時代ならではのノイズが多分に含まれている。そこで「新聞・雑誌は10年寝かせて読め」。いわばタイムマシンにのって過去にさかのぼり、過去記事アーカイブに学ぶことは最高のビジネスの教材になります。時間の経過で同時代のノイズが洗い流されているので、経営にとって大切な本質的なロジックがクリアに見えてきます。
文脈から飛び道具を引きはがして取り入れても意味がない
サブスクを例に説明すると、たとえばAdobeが単体のパッケージ売りをしていたフォトショップなどの主力ソフトをサブスクに切り替えたことで、2015年度に48億ドルほどだった売上げは2018年には90億ドルを突破し、大成功しました。
こうしたAdobeの躍進や、ここ数年で8倍もユーザー数を増やしたNetflixの例を見て、「これからはサブスクの時代だ!」と自分たちの商売に無理やり取り入れる。ここで問題は「文脈剥離」です。AdobeにしろNetflixにしろ、それぞれの商売の中で10年、20年かけて練り上げられてきた戦略ストーリーがあって、その文脈の中でサブスクが功を奏している。文脈から飛び道具を引きはがして、それだけ取り入れても意味がありません。稼ぐ力をつくっているのは文脈を含めた総体です。
例えば、焼き肉チェーンの牛角が月額1万1000円で食べ放題コースがいつでも無料というサブスクサービスを打ち出しました。「これは安いぞ、3回いけば元がとれる!」と大変話題になりましたが、サブスクの客ばかりで店が溢れかえり、短期で休止に追い込まれました。冷静に考えればそうなることは明白ですが、意思決定において、こうした錯誤が起きてしまうのが飛び道具トラップのトラップたる所以です。