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真実の顔

 おそらく、そのどちらも、彼女にとっては正直なところなのだろうと思う。

 そもそも、事件からして不可解なところは多い。理解に苦しむ。

 彩香ちゃんが消えたことで、大騒ぎをはじめたのも鈴香だった。事故死扱いに腹を立てたように能代警察署に出向いては、壁を蹴り挙げるまでしている。

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 そして、情報提供を呼び掛ける貼紙を近隣にしてまわり、マスコミにまで登場して、娘の死は「事故死ではない」と叫ぶ。

 もし、事故死でなく、真相が明らかになれば、本人が逮捕されることになる。放っておけば、いわゆる完全犯罪が出来上がって、疎ましく思っていた存在も消えて、罪に問われることもない。自分の利益だけを考えれば、黙って警察の判断に従っていればよかったはずだ。

 ところが、そこに娘の死を厭う理想の母親像をかぶせる。

 公判の場でも、はっきりと「極刑を望む」と自ら宣言していたはずだった。

©iStock.com

 しかし、そもそもからして、彩香ちゃんの転落を「事故」、豪憲君殺害を「心神耗弱」とするのなら、極刑判決などあり得なかった。おかしな話だった。

 そうした矛盾点は検察官からも再三指摘されていた。

 ──主張が認められて死刑になったら、それ以上は争わない、控訴はしませんか?

「はい」

 ──逆に死刑でなければ、不満ですか?

「不満かどうかわかりませんが、私が主張していることが認めてもらえるなら、不満はないと思います」(11月12日公判)

 そう言いつつ、取調べの違法性についても裁判で主張。取り調べが怖くて言いなりの調書が出来上がったと争う。

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青沼 陽一郎

文藝春秋

2009年7月20日 発売