1ページ目から読む
2/4ページ目

――「WAGE」解散の後は「劇団イワサキマキヲ」を結成されました。

槙尾 単純にう大さんが書く台本で長い芝居をやれば絶対に面白いし、他にそういう人はいないだろうと思ったんです。「それで売れたらすごいな」と。

岩崎 でも、やってみてちょっと考えちゃったんですよね。僕の中では、1時間半の長尺のお話を作るのは大変だし、「これを年2回やったところで何になるの?」っていう感じがありました。

ADVERTISEMENT

槙尾 かなりマニアックだしね(笑)。

岩崎 仮に演劇の出来が良くて、口コミに上がったとしても、次の公演は半年後なわけですよ。どれだけ面白かったとしても、「誰が見つけてくれるんだよ」って思っていましたね。

 

槙尾 なので、最初は「お笑いライブに出て、そこでお客さんを付けて、演劇のほうも見てもらおう」と考えたんです。そうしたら、いつの間にか、コントの単独ライブもやるようになっていました。

演劇からコントへ。そしてキングオブコント王者に

 演劇ユニットから再出発しただけあって、2人の単独ライブには、演劇的な要素が盛り込まれていた。オムニバス形式ながら、1つ1つのコントが繋がっており、オープニングからエンディングまでを通して見ると、1本の芝居を観終えたかのような感覚になるのだ。

 その後、「劇団イワサキマキヲ」から「劇団イワサキマキオ」に微妙にコンビ名を変え、さらに2010年に「かもめんたる」に改名した。

 

 芸人としての主戦場は、演劇でのキャラクターづくりを活かしたコントだった。

 キングオブコントではなかなか結果を残せなかったが、改名後の2012年に初めて決勝に進出し3位になると、翌年に一気にキングまで駆け上がった。

 ところが、その後はなかなかテレビで活躍の機会に恵まれなかった。

 当時、バラエティーといえば“トーク番組”が全盛の時代、いくら実力派のコント師でも、ひな壇に彼らの席が常に用意されているわけではなかった。