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 しかし、水島の漫画がすぐに注目されたわけではない。「エースの条件」の続編の「アパッチ野球軍」はテレビアニメになったが、漫画担当は水島ではなく梅本さちおに代わっていた。

 しかし「巨人の星」が爆発的な人気となり、「スポーツ根性もの」というアニメ、ドラマのジャンルができあがっていく中で、水島は「競技そのものの魅力」に迫る漫画を続々と描き、次第に注目されるようになっていった。

水島新司氏 ©JMPA

「野球を通して人間を描く」

「男どアホウ甲子園」「一球さん」「野球狂の詩」「球道くん」。

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 手元にある単行本を見ていくと「画がどんどんうまく、深くなっている」という印象を受ける。

 水島新司の描くグローブからは、皮革の匂いが漂ってきた。ウエブのしなり、皮ひもを通したグローブのたわみ、厚み、ミットの重量感。他の野球漫画のグローブが丸描いて線引いてスクリーントーンを貼って一丁上がりの中で、リアルさが違った。

 水島描くエースは、手首をぱしっと返して捕手からの返球を受けるのだ。その小さな動作からその投手の運動神経の良さや、負けん気の強さなども漂ってくる。

「野球を通して人間を描く」という水島ならではの手法を、このころに確立したのだろう。

実は“柔道漫画”だった「ドカベン」

 代表作となった「ドカベン」は、意外なことに柔道漫画としてスタートしている。当時、水島描く野球漫画が各漫画誌に乱立していたからだという。野球のシーンは連載当初から出てくるが、1年以上、柔道部が舞台だった。

「ドカベン」1巻

 野球部に舞台が代わってから主人公の山田太郎や岩鬼正美、殿馬一人らキャラの立った登場人物が縦横に暴れまくるのだ。

「ドカベン」の奇想天外なストーリーが多くの野球ファンに支持されたのは、球場、道具立て、野球選手のアクションなどが極めてリアルに描かれていることが大きかったと思う。リアルな舞台装置があってこそ、ど派手なドラマが成立したのだ。

巨人でも阪神でもなく南海だった「あぶさん」

 こうした流れの中で1973年、「ビッグコミックオリジナル」で「あぶさん」の連載が始まる。この漫画は、水島漫画でも一線を画するものだ。

 まず、青年コミック誌での連載だったこと。野球のリアルを表現する水島新司の漫画は、違いが分かる大人の読者の方がより適合していた。