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“柔道漫画”だった『ドカベン』、偉大すぎた『あぶさん』…「リアルすぎた」水島漫画が「ファンタジー」になったワケ

2020/12/12

「野球漫画」というジャンルを確立し、その第一人者となった水島新司の引退は「野球離れ」に歯止めがかからない現代を象徴する出来事の一つだと思う。

2018年に完結した「ドカベン」 ©時事通信社

「そういうレベル」だった水島新司以前の野球漫画

 筆者は1968年に始まったアニメ「巨人の星」で野球にハマった。「少年マガジン」の連載も読むようになった。花形満が大リーグボール1号を打つために、巨大な鉄球を鉄のバットで打つシーンが夢に出てきてうなされたことを覚えている。漫画の中で巨人、川上哲治監督のユニフォームのお尻が膨らんでいるのを見て、買ってもらったばかりのユニフォームのパンツのポケットにいっぱいハンカチを詰め込んだりもした。

川上哲治氏 ©文藝春秋
巨人の星

 しかし実際に野球を始めると「巨人の星」に対する疑念をぽつぽつと抱くようになった。

 まずフォームの問題。「巨人の星」の星飛雄馬は、ボールが指先から離れるときに大きく足を踏み出して「くの字」に近い形になっている。しかし実際の投球ではリリースの瞬間には、下半身は指先よりもずっと後ろにあるはずだ。

 また、ボールをリリースする瞬間には、投げるほうの手の親指は内側にひねられて下を向いているはずだが、星飛雄馬の左腕の親指は外向きで上を向いている。こうなるのはアンダースローだけのはずだが…。

 漫画に出てくる甲子園や後楽園の球場の風景も実際とは異なっている。「巨人の星」は、本当に野球を知っている人が描いているのか?

 実は原作の梶原一騎も、作画の川崎のぼるも、野球の経験は全くなかった。連載当初は現場に取材することもなく、机上で「野球」を描いていたのだ。

 そのころまでの野球漫画は、ほとんどがそういうレベルだった。

水島漫画が切り開いた地平

 前置きが長くなったが、水島新司だけはそうではなかった。

 水島の最初の本格的な野球漫画は1969年に「少年キング」に連載された「エースの条件」だ。原作は「どてらい男」などで知られる花登筐。水島は30歳だがこの時点でキャリア11年になる手練れの漫画家で、作画も達者だ。何より野球選手の投げる、打つ、守るの動きがリアルで躍動感があった。水島は中学を出て行商をした苦労人だが、新潟明訓高校野球部の大ファンで、野球への憧憬を抱き続けた。それが漫画にも滲み出ていた。