もちろん、山中教授は政府をアシストするためにこの仮説を立てた訳でない。科学者として、未知の現象を解明する足掛かりとして打ち出したものなのだが、政府にとっては便利に働いた。そして国民も、この仮説に必要以上の「安心」を求めてしまった。まだ何の科学的裏付けもない仮説に寄りかかり、「日本人だから安心だ」という幻想に浸ってしまったのだ。
しかし、残念ながら現状では、ファクターXを強力に立証する報告はない。細かな、マイナーな報告はなくはないが、それをもって日本人が安全に観光旅行を楽しめる理由付けには到底ならない。
“安心”ではなく“安全”に目を向けるべき
岩田医師は言う。
「日本では“安全”と“安心”という二つの言葉をセットにして使うことが多いが、外国では“安全”は使っても“安心”はあまり使わない。“安全”が根拠に基づくものであるのに対して、“安心”は気分的な問題。外国人は根拠やデータを重視するが、日本人は気分の良さという要素を求めるため、“安心”が付随してくるのです」
情緒を貴ぶ日本人の国民性が裏目に出てしまった。少なくともウイルスに情緒は通じない。理論的、合理的に対応していくべきなのだ。
少なくとも、いまはまだ安心を求める局面でないことは確かだ。ファクターXは、まさに“安心”を醸成するワード。そこに漂う心地よさではなく、いまこそ日本人も、“安全”に目を向けるべきなのだ。
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「文藝春秋」新年特別号および「文藝春秋 電子版」掲載の記事「『冬コロナ』を乗り越える『ファクターX』の幻想を捨てよ」では、パンデミックの中での日本の置かれた状況分析や、来夏に予定される東京オリンピック、パラリンピックの開催の是非などについて、岩田医師が詳しく解説している。
「ファクターX」の幻想を捨てよ