安芸中野駅を通過して14時56分。こんどは坂を下ってきた単機(貨車を牽いていない)電気機関車とすれ違う。我々と同じように上り坂を後押ししたあと、西条駅から引き返してきたところだ。中継ぎで登板し、ピンチを切り抜けてベンチに下がる投手のようだ。「次も頼むぞ!」と声をかけたくなる。
それにしても、目の前の貨車にコンテナが載っていないことが、いかにラッキーであるかを痛感する。もしここにコンテナが載っていたら前面展望は完全に塞がれてしまう。記者も面白くないし、運転士とてつまらなかろう。
中野東という駅を過ぎたところで、当方の運転士が本務機の運転士に連絡を入れる。
「1056本務機さん、こちら補機です。補機、列車状態、異常ありません。どうぞ」
「こちら1056本務機です。補機さん異常なし了解しました」
この日のこの列車の本務機には、岡山機関区の運転士が乗務している。1つの列車に2つの別の機関区の運転士が乗り込んでいるわけで、たぶんこれは全国的に見ても珍しい状況なのではないかと思う。
本格的な上り坂へ――補機本来の業務が始まる
15時00分。瀬野駅を通過。ここからいよいよ本格的な上り坂になる。
風景もそれまでの「住宅地」から「山間」に変貌する。深い緑のところどころに、まだ紅葉が残っている。
本務機から連絡が入る。
「1056列車補機さん。こちら本務機です。11ノッチでお願いします。どうぞ」
「1056列車補機です。11ノッチ了解しました」
詳しいことは分からないが、11ノッチにしたようだ。
「1056列車本務機さん。補機11ノッチ投入しました。どうぞ」
「こちら1056列車本務機です。補機11ノッチ、了解しました」
あとで聞いて知ったのだが、ここまで補機は前の貨車と一緒に引っ張られていただけだったのだ。瀬野駅を過ぎて11ノッチに入れたことで「力行(りっこう)」となり、「後ろから押す」という補機本来の業務が始まったのだ。
上り線には架線が2本ある
明らかに勾配がきつくなった。22.6パーミルの迫力を実感するが、列車は時速50キロで走り続けている。
山田さんが教えてくれたのだが、反対側の下り線は架線が1本なのに、我々が走っている上り線のそれは2本ある。機関車が2両で走るため、電力を多く使うのでそういうことになっているという。鉄道が急坂を登るためには、色々と特別な設備が必要なのだ。
山道なのでトンネルも多い。
トンネルに入って気付いたのだが、補機は前照灯を点けない。前方を照らす必要がないから点灯しなくていいのだ。したがってトンネルに入ると真っ暗になる。これも補機ならではの体験だ、と思うと真っ暗がうれしく感じられる。