「それだけは、なんとか死守したいなと(笑)」

 井上慶太九段に「藤井聡太二冠に勝った最年長棋士」という話題を向けると、こう語ってくださった。その楽しそうな笑顔が実に素敵でとても印象に残っている。

 井上慶太九段。1964年兵庫県芦屋市生まれ。先日、将棋モバイルアプリの「棋譜コメント」にも《50代でB級2組以上を戦っているのは14人。谷川浩司九段、中村修九段についで3番目の年長者になる》とあったが、将棋界を代表するベテラン実力者のひとりである。軽妙な解説も大人気であり、関西では多数の弟子の指導にあたる「名伯楽」としても知られている。

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現在、将棋連盟の理事も務めている井上慶太九段

 本稿では、井上慶太九段に語っていただいた思い出深い対局のこと、そして稲葉陽八段や菅井竜也八段など、今でも棋界のトップの実力を誇る弟子との幼少期からの思い出話などをご紹介したい。まずは、藤井聡太二冠との対局の話から始めよう。

藤井聡太“六段”に勝った唯一の棋士

 井上慶太九段は「藤井聡太二冠に勝った最年長棋士」「藤井聡太“六段”に勝った唯一の棋士」という異名をもつ。この由来となった対局が、2018年3月28日に行われた王将戦の1次予選3回戦だった。

 藤井聡太五段は、2018年2月17日、朝日杯オープンで優勝したことで、六段に昇段。そして同年5月18日に、竜王戦ランキング戦で船江恒平六段を破り竜王戦四組に昇級したことで七段に昇段する。

 つまり六段だった時期はわずか3カ月しかなかったのだが、この期間に11回の対局があって、成績は10勝1敗。つまり藤井聡太“六段”に勝った唯一の棋士が井上慶太九段(当時54歳)だったのである。

先手番でしたので、自分の好きな形に組めた

――あの藤井聡太二冠との対局を振り返っていただけますか。

井上 デビューからの29連勝の熱気は一区切りした後でしたが、このときも16連勝中でした。僕の前に対局したのが糸谷哲郎八段で、「連勝を止めるとすれば彼くらいかな」と思っていたんですが、結果は藤井さんの完勝。それで私では勝ち目はないなぁと思っていました。ただ、中継もされますんで、「なんとかひどい将棋にならなければいいな」という心境でしたね。

第68期王将戦1次予選で負けを喫し、井上慶太九段(右)との対局を振り返る藤井聡太六段(当時) ©時事通信社

――矢倉の将棋になりましたね。

井上 そうですね。先手番でしたので、自分の好きな形に組めた。藤井さんは、後手番だと相手の出方を受けて立つタイプですから、これだったら、そんなひどい形にはならないだろうなと思いながら、指していました。

――まずまずの出だしだったわけですね。

井上 中盤過ぎると、自分のほうが少し苦しくなってきたんですけど、野球でいうと2点差くらいで7回終わった感じだったので、私としてはそれで十分という感じもあったんです。