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藤井聡太二冠に勝った最年長棋士は「急に心拍数が上がって、まったく手が見えなくなった」

藤井聡太二冠に勝った最年長棋士は「急に心拍数が上がって、まったく手が見えなくなった」

井上慶太九段インタビュー #1

2020/12/18
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「藤井システム」が公式戦で初めて登場した一局のこと

 井上慶太九段には、ファンの間で語り継がれる一局がまだある。そのひとつが1995年12月22日のB級1組順位戦、藤井猛九段との対局。藤井猛九段の代名詞ともいうべき「藤井システム」(対居飛車穴熊に対する振り飛車側の急戦策)が公式戦で初めて登場したのが、この一局であった。

――この藤井システムが初めて登場した一局というのは、思い出深いものですか。

井上 最近は減りましたが、たまに電車の中で「井上先生ですか?」って声をかけられることがあるんですよ。そんなとき「俺もまだまだいけるな」と思うんですが、その次の一言に「藤井システム指されたとき、どんな心境でした?」って3人くらいから聞かれたことあります(笑)。

 

――ファンの方の間でも印象深いことなんですね。それで、初めて藤井システムを見たときの感想というのは、どのようなものなのでしょうか。

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井上 実はその1週間くらい前に、久保さん(利明九段)と対局しまして、よく似た急戦策でこられたんですよ。ですから最初の印象は、藤井さんがその将棋を見て工夫してこられたのかなと思ったんです。その久保戦は、四苦八苦しながらもなんとか作戦勝ちに持ち込めたので、当初はそんなに嫌ではなかったんですけど。

――では、そんなに未知なるものと対戦しているという印象ではなかった?

井上 そうですね。ただ手が進むと銀を早めに繰り出してきて、当時ではちょっと見たことのないような筋でした。それがまったく予定になかったので、そこからあっという間でした。

――47手と記録にあります。

井上 順位戦で夕食休憩前に負けたのは、1局か2局くらいなんですが、まあそうですね。

 

――対局後、話題になりました?

井上 それは切れ味鋭い指し回しになりましたからね。本当にお手本みたいなね。真似したくなった人は多いと思います。ま、でも私があそこでもうちょっとうまく指していたら歴史も変わったかもしれませんね。

B級2組で唯一喫した1敗が藤井猛戦であった

 藤井猛九段は、ある番組で「藤井システム」について、この井上九段戦で成功しなかったら、もうやらなかっただろうと回顧していた。それくらいこの一局が歴史に与えた影響は大きかったといえるだろう。

 ちなみに、井上九段はこの藤井システムでの敗戦後、振り飛車に対して穴熊に組むのをやめるようになったという。抜群の好成績だった振り飛車に対する居飛車穴熊の作戦を放棄したのは、藤井システムへのトラウマだったとも語る。

 なお、井上九段は、この藤井システムで敗れた1995年B級2組において、9勝1敗の成績でB級1組に昇格している。つまり唯一喫した1敗が藤井猛戦であった。そしてその翌年度も昇級して一気にA級棋士になっている。

 井上九段は「藤井さんに負けて、また気持ちを入れ直したんですね」と静かに語っていた。

 

写真=山元茂樹/文藝春秋

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